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第91話
「わかったわ、じゃあ私たちは先に帰ってパーティーの準備をするわ」
音符記号がつきそうなくらいに楽しそうに母は言う。昨年まで何処か遠慮がちだった母の心から楽しそうな姿に僕も嬉しくなる。
(なんで、僕はあんなに意固地になっていたんだろう。辛くて哀しい出来事だったけど、あのことがあって兄ちゃんの言葉がなかったら、今年もきっと僕は……自分の誕生日を祝えなかっただろうな……)
さっきも両親と一緒に墓前に向かい合ったが改めてまた向かい合い目を瞑って手を合わせる。
「兄ちゃん……僕は兄ちゃんが最後に願ったように、蒼矢さんの隣にずっといます。でもそれは兄ちゃんの代わりではなく、僕自身が一緒にいたいからです。勿論、蒼矢さんもそう思ってくれたら……ですけど」
僕はぱちっと目を開き、蒼矢の顔を見た。
「あゆ……」
彼は驚いたように目を見開いて、それから顔を綻ばせた。
「勿論……勿論だよ、歩。あの時行帆に言った通り、大事にする」
(待っていてくれた……)
もしかしたら、待たせ過ぎて。
『今更何言ってるんだ、もうきみのことなんてなんとも思っていない』
そんなふうに言われる可能性もかなり高いと考えていた。
だけど彼は待っていてくれんだ。
僕を急かす雰囲気をまったく出さず、欲を見せることもなく兄のように見守っていてくれていた。
(だから少し不安になってしまったんだけど)
蒼矢は僕がやったみたいに兄の墓前で目を瞑って手を合わせた。
「ゆき……あゆのことは任せてくれ、ずっと大事にするから」
そう改めて言ってくれた。
兄が本当は違った形で僕の中にいることはまだ蒼矢には伝えていない。伝えるべきかどうかもわからない。
だから墓前で話しかけるのが正解だろう。
僕ももう一度目を瞑って祈った。
(兄ちゃん、ありがとう。兄ちゃんのお陰だよ。僕は母さん父さんに愛されて、蒼矢さんにも愛して貰ってもいいんだよね?)
目を瞑っても薄っすら陽の光を感じていたのが、不意に翳ったような気がした。誰かが僕の顔を覗き込んでいるような気配。
ふわぁっと僕の唇を塞ぐ柔らかなもの。
(えっなになにっ)
慌てて目を開けると目に入らないくらいに蒼矢の顔が近くて、キスをされたのだとやっとわかった。
兄が僕の身体を使ってしたのとは違う、正真正銘の蒼矢との初めて口づけだった。
「そ、蒼矢さん」
「俺は行帆の魂に誓うよ、歩を愛し続けるって」
まるで結婚式での誓いのようだ。
頰がじんわりと熱くなる。
「まあ、あゆが同じ気持ちでいてくれたらの話だけど。あゆからしたら俺はだいぶオジサンだからなぁ」
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