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第92話

 軽い口調で言いながら、ウィンクする。しかしその後少しだけ不安の滲んだ表情を見せたのを僕は見逃さなかった。  そうだった。  勿論蒼矢を『オジサン』と思ってるわけではない。でも僕と彼の間には十三歳の年の差があるのだ。言われて改めて思う。 (僕が小学生の時、蒼矢さんは大学生だったんだよね)  そう思うと急に不安になったのは僕のほうだ。 「何言ってるの! 蒼矢さんはオジサンじゃないよっ。カッコよくてっ素敵でっ。僕のほうがまだ全然子どもでっ。何も持ってないただの学生で、僕のほうが不安だよ」  話しているうちに気持ちが昂ってきて声が大きくなってしまったようだ。 「しー。ここは霊園だよ」  蒼矢の長い指が僕の唇を塞ぐ。さっきキスの感触を思い出して心臓が煩く騒ぎだす。  でも。辺りを見回すことは忘れない。 (よかった、近くには誰もいない。そうだよ! さっきのキスだって見られてたかも知れないのに)  僕の顔はたぶん赤くなったり青くなったりしているのではないだろうか。 「あ、うん。そうだよね」  こそっと小さく言う。 「ありがとう。俺のことそんなふうに思ってくれて。あゆも不安にならなくていいよ。あゆは子どもでもただの大学生でもないよ、俺の大事な……愛する人だ」  そんなことを耳打ちされて、身体中熱くならない人なんていないと思う。 「そ、そうやさんっ」  見たことないような愛おしげな顔で僕を見つめている。その甘さに何を言おうとしたのか忘れてしまい、その間にまたキスをされてしまった。  今度はさっきよりも長くて。  それこそ。 (誰かに見られたらどうするの〜ここは霊園でしょー)  たぶん、蒼矢は先に周りを見渡して誰もいないのを確認済みだろう。  くすくす。  僕は自分の中で密やかな笑い声がしたような気がした。  鳥が囀るような。  花たちがさざめくような、そんな笑い声。 (兄ちゃん………)  気のせいかもしれないけど。 * *  あの日の後、自宅で誕生日を祝って貰い、夜蒼矢の車で風緑に帰った。  そして翌日の夕方からは、昨年同様風緑でも祝って貰った。今年も祈を呼んだ。  蒼矢との関係性が変わったばかりの僕は、両親の前でも陽翔や祈の前でも気恥ずかしく、いつも通りに振る舞えたかどうかわからない。いやたぶん振る舞えてなかったのだろう。陽翔はともかく、祈は僕の顔を見た途端にやにやしていた。  蒼矢のなんでもないっていうような顔が、僕はなんだかとても悔しい気がしたけど。 (さすがおとなですね〜)  心の中で嫌味を言うしかなかった。  そして僕は、九歳までの誕生日以来、心から自分の誕生日を祝うことができたのだ。

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