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第93話
* *
そしてそれから一週間が過ぎた木曜の夜。
僕はまた誕生日を祝われることになった。
桜の森にある蒼矢の家で。
もう既に誕生日プレゼントも貰っているのに何故か。
『今度の木曜の夜空いてる?』
『バイトの後なら』
『迎えに行くから、うちで誕生日を祝おう』
『ええっ。いえ、もう二度もお祝いして貰っているじゃないですか。もういいですよ』
『二人だけで祝いたいんだ。俺の我儘だけど』
その週の初め、風緑を出た蒼矢を外まで見送った時にした会話だ。
僕たちの関係が『恋人同士』に変わった途端、僕も今までどうやって気持ちを抑えていたのだろうというくらいに抑えきれなくなっていた。蒼矢は相変わらず風緑に毎日やって来る。店内では今まで通りに接していているものの、接客している時以外は何気ない振りをして外まで見送りするようになった。
(陽ちゃんに変に思われないかな)
一抹の不安はある。
僕は蒼矢の提案に頷いた。
あの『雪の日』キスをする二人を見た時からなんとなくわかっていたし、兄の話からも感じるものはあった。蒼矢は『恋人』に対して愛情深くて、そして優しくて甘い。
(だけど、想像以上に甘すぎるんだよ〜)
僕はその甘さに溺れそうになりながら自分でもどうにか返したいと思って行動してるけど、それでも返しきるにはまだまだ足りない。
(だいたい、経験値が低過ぎ……いや、もうゼロに近いしっ)
午後六時。
蒼矢の家で誕生日を祝って貰う話は事前にしておいた。陽翔は少し早く上がらせてくれて、蒼矢の家に持って行く用のオードブルまでを作ってくれた。
支度を整えオードブルを受け取ると、
「今日は蒼矢さんの家に泊まらせて貰うことになってるんだ」
僕はそう陽翔に伝えた。
――そう。
あの時、蒼矢は。
『たまにはゆっくり過ごそう。お泊りの準備しておいで』
最後にそう言って帰って行ったのだ。僕がどう答えていいか考えている間に。
直前までこのことだけを言えなかったのは気恥ずかしさが長く続いてしまいそうだったから。
何も知らない陽翔に、ただ泊まって来るって言うだけでなんだか妙にどきまぎしてしまう。顔はどうにか平静を保ってる――つもりではいるけど。
(そうだよ、泊まるってだけで何かあるってわけじゃ……)
外に出てドア閉めた途端僕は耳まで熱くなっていた。
(何かって何〜? 何考えてるの僕?! 蒼矢さんだってゆっくりしようって言ってただけじゃんっ)
脳内はめちゃめちゃ忙しかった。
そんな僕の耳にくすっと笑い声が聞こえた。脳内会話を止めて顔を上げると蒼矢がそこに立っていた。
「蒼矢さん」
「どうしたの? なんか面白い顔をしてたけど」
なんだかすごく子ども扱いされたような気がして。
「なんでもないですっ……全く蒼矢さんのせいですよ」
あとのほうは独り言のように口の中で呟いたつもりだったけど、しっかり聞かれていた。
「俺のせい? 俺何かした?」
「なんでもないですっ」
僕は不貞腐れたように繰り返した。
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