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第94話
蒼矢は風緑の前に車を停めていた。
風緑から蒼矢の自宅までは歩いてもそれほど時間はかからない。普段彼が来る時は徒歩だ。僕は「自転車で行くよ」と言ったのだが、蒼矢がそれを了承しなかった。
前回行った時もそうだったけど、本当に蒼矢は僕に甘い。
「これ陽翔から?」
僕が持っていたオードブルの包みと、それから僕のお泊りバッグを然りげ無く取り上げる。
「そうなんです。蒼矢さんの家でお誕生日のお祝いをして貰うと言ったら作ってくれて」
言いながらせめて僕の荷物だけどもと手を伸ばしたが、笑顔の圧に負けてそのまま持って貰うことになった。
(なんかめちゃめちゃこそばゆいなぁ)
同じ行動をとっていても、弟くらいにしか思われていないだろうと思っていた時とはまた心持ちが違う。もしかしたら蒼矢さんにとってはその時も『愛』からの行動だったのかも、そう思うとそれも含むて更に照れくさい。
「いつもながら気がきくな。あとでお礼ライン送っとく」
蒼矢は器用に後ろのドアを開けて荷物を置くと、助手席側のドア開けてくれた。
(うぅ……っ)
イケメンは何をやってもスマートで格好いい。心臓はどきどきしっぱなしだし、頰も熱い。もうだいぶ薄暗くて俯き加減の僕の顔が蒼矢には見えていなくて本当に良かったと思う。
「あ、ありがとう。蒼矢さん」
「どういたしまして」
ドアは外から閉められ、僕はほっと一息吐 く。
(こんな優良物件を僕なんかが独り占めしちゃっていいんだろうか)
静かに走りだした車の、窓の外を見ている振りをして、窓に薄っすら映る蒼矢の横顔を見ていた。
「そこ座ってて」
ダイニングテーブルの、最近では『僕の席』になっている椅子を指す。
「僕も手伝う」
と申し出たけれど、
「いいからいいから、今日はあゆの誕生日のお祝いだから。主役は座ってて」
優しいようでいて案外強い力で椅子に押し留められた。
見る間にテーブルに料理が並ぶ。陽翔が持たせてくれたオードブルも。最後にケーキが僕の目の前に置かれた。
「蒼矢さん、まさかこれって」
とても綺麗で美味しそうなケーキだけど、何処か手作り感がある。
「俺が作ったから味の保証はないけど」
「そんなこと言ってっ絶対美味しいですよっ」
僕は両掌をぐっと握り締めた。
「だといいんだけど」
蒼矢が照れたように微笑む。
美味しくないわけがない。ここに来る時に出される食事はほぼ蒼矢の手作りでそれもめちゃめちゃ美味しいのだ。
(蒼矢さん……とうとうケーキまで……。なんだろう、このスパダリ感は)
神々しいくらいの眩しさを感じる。
だけど。
(何が残念って……僕なんかを好きなところが一番残念な感じだよね)
まだ全然『恋人』に慣れきってない僕は、幸せな気持ちと世の独身女性に申し訳ないような気持ちが混ざり合って、薄っすら目尻に涙を溜めた。
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