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第97話
(まだつき合うってことになって一週間くらいだしっ。別に今日何かあるなんて最初っから考えてないしっ)
恋愛経験値がほぼゼロの僕には恋人同士が距離を縮めていく速度がわからない。そんなことを話す友人すらいなかった。
「そうそうっ今日はあと蒼矢さんの作ってくれたケーキ食べてっゆっくりお話でもするっ」
僕は煩悩を断ち切るように髪も身体も、とにかくがしがし洗い捲った。
熱い滝に打たれながら賢者になっている時間が思ったよりも長くて、湯に浸かってもいないのにのぼせそうになった。
持ってきたお泊りセットの中にあったルームウェアに着替えてリビングに戻ると、蒼矢が心配そうに寄って来た。
「なんかふらふらしてるけど大丈夫?」
「大丈夫です〜ちょっと滝に打たれて……」
「えっ?」
蒼矢が眉根を寄せる。僕の言っていることがわからず、酔っぱらいが何を言ってるんだとでも思っているようだ。
「なんでもないですっ」
「そう?」
不思議そうに首を傾げてから、僕の様子をまじっと見る。
「あゆ、髪拭けてないよ」
蒼矢の指先が髪に触れる。確かに、気づけばさっきの蒼矢とは比にならないくらいびっしょりでタオルすら置いてきてしまった。
(どんだけ、ぼんやりしてるんだっ)
「髪、乾かしてきますっ」
慌てて戻ろうとすると、
「ソファー座ってて」
そう言って大股で浴室方向に向かった。僕はどうしたら良いかわからず、とりあえず彼の言う通りソファーに座った。
蒼矢はタオルとドライヤーを持って戻って来る。
(あ、ドライヤー持ってきてくれたんだ)
「ありがとうござい……」
立ち上がって受け取ろうとすると、ドライヤーはスッと何処かへ行ってしまう。
「えっ」
「いいから座って」
「はい?」
頭の上にぽんっとタオルを置かれたかと思うと、ぎゅっと肩に力が加わった。僕はそのまま再びソファーに押し留められた。
(これは……ひょっとして髪を乾かしてくれるとかってやつでしょうか)
タオルで髪を拭われ、その後ブオンっと言う音と共に熱風を感じた。蒼矢の大きな手が優しい手つきで髪を梳く。
だんだん気持ちよくなってきて、だんだん眠くなってきて。
「あゆ? 起きてる〜? もういいよ」
はっとして目を開ける。
(もしかして寝てた?)
「ありがとうございますっ」
実は寝ていたとは知られたくなくてずっと起きてました、みたいな顔で礼を言う。でも蒼矢がくすっと笑っているのを見て、たぶんバレているなと思った。
「だめだよ、ちゃんと乾かさなきゃ」
その物言いが子ども扱いされたみたいでちょっと悔しい。
「蒼矢さんも拭ききれてませんでしたよ」
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