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第3話
ゴールデンウィークの繁忙期が落ち着いた頃に郡司は経理部に転属してきた。噂が広まっていただけにどんな男が来るのだろうかと期待と不安が入り交じった空気のなか、郡司は折り目正しくお辞儀をした。
『今日からお世話になる郡司康介です。よろしくお願いします』
声の抑揚や雰囲気から理知的な印象を受け、第一印象は色恋沙汰で問題を起こすような人物に思えなかった。
ルックス良し、頭脳明晰で経理部でもすぐに頭角を現した。
性格は良くも悪くも真面目過ぎて融通が効かない。だが仕事は熱心に取り組むし、覚えも早いので部下としても使いやすい。
(天は二物も三物も与える人っているんだな)
でっぱった腹を撫で、潤はまるで漫画を読んでいるような第三者目線だった。
だが同じチームとして配属されたからには波風をたてたくない。できるだけ愛想よく振る舞い嫌な上司と思われないように接してきた。
だが郡司との距離は一定を保ったまま打ち解けずにいる。
それとなく雑談をもちかけても会話は続かず、昼食に誘っても断られてしまう。
潤だけにではなく、他の誰でもそういう距離感でいるから郡司の性格なのかもしれない。
だがこちらからしてみれば円滑に業務を行うには最低限のコミュニケーションは必要なので困る。
特にレストランの月末の会計の締めや間違いを指摘するときなど、経理部は他部署の人とも話す機会は多く、郡司はその性格のせいでトラブルを起こしてしまうことがある。
そのたびに潤が間に入り、板挟みになるのでストレスが溜まる。そしてストレスを発散するために大食いして太るという悪循環ができあがってしまった。
大きく言えば郡司がストレスの一端ではあるが、さすがにそれを本人には言えない。元々食べることでしかストレスを発散できない自分が悪いのだ。
電話が鳴り響き、潤は慌てて腕時計を見やった。気づけば業務開始時間になり、同僚たちは揃っている。
「やばい、もう時間だ」
「なぁ、今夜おまえんち行っていい?」
「また金ないの?」
「引き際が難しくてな」
ボールを掴むように右手を丸く曲げ、くいっと手首を捻らせる萩原に溜息がこぼれる。ギャンブル好きなくせにめっぽう弱いのだ。
「わかった。母さんに言っておく」
「よっしゃ! おまえんちの飯好きだから嬉しいわ。仕事頑張るぞ!」
スキップしながらホテルへと戻っていく萩原の背中を見送り、潤もデスクに座った。
調子いいやつだけどそこが憎めない。あの底抜けに明るい性格を見習いたいものだ。
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