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第11話
ダイエットを始めて二週間。身体の変化があった。体重が二キロ痩せたのだ。
ウエストに少しゆとりができ、シャツのボタンも弾けそうなことはない。たった二キロでも初めて痩せた経験に有頂天だった。
鼻歌交じりに経理部に顔を出すと郡司が険しい顔をして書類を睨みつけている。まだ始業前だというのにもう仕事を始めているらしい。
「おはよう」
「おはようございます」
「どこかわからないところがあるの?」
「はい。ここなんですけど」
郡司から書類を受け取り仕事モードに頭を切り替えた。
税金の計算は難しい。それを教えてあげると郡司は頭を下げた。
「よくわかりました。ありがとうございます」
「おっはよー!」
「何度も言うけどここは萩原の部署じゃないぞ」
「はいはい」
「てかなんの用?」
「昼一緒に食おうかと思って。今日から新しい社食がでるらしいよ」
「本当!? あ、でも」
隣を伺うが郡司は我関せずとパソコンを起動させた。昼は休憩室で郡司の手作り弁当を食べていることは秘密だ。
「ごめん。先約があるんだ」
「あの社食好きな佐久間が断るなんて! もしかして岡さんと?」
「違うよ!」
「そんなに慌てて怪しいな」
意味深な笑顔を向けられて冷や汗が背筋を伝う。郡司のためにもこの嘘を突き通さなければならない。
探るような視線だった萩原がぱっと表情を変えた。
「そういえばこの前倒れただろ? もう平気なのか?」
「うん、もう平気。ただの貧血」
「もしかして健康診断の結果が悪いから絶食してたんじゃないのか?」
「……正解」
「痩せなくていいよ。この愛しのぷよぷよちゃんをなくさないで」
萩原がいきなり潤の腹を摘むので「ぎゃあ」と奇声をあげた。いつものことながら遠慮がなさすぎる。
「あれ? でも少し痩せた?」
「二キロくらい。そんなにわかる?」
「まじかよ! 信じられねぇ。やっぱ社食一緒に食おうぜ。奢るからさ」
拝み始めた萩原のあまりの必死さに引いた。
「悪いけど長生きするためにダイエットしてるから邪魔しないでよね」
「そんなぁ~」
情けない声をあげて項垂れてしまった萩原にちょっと罪悪感は芽生えたが、せっかく郡司が協力してくれているだから最後までやりとげたい。
隣を見下ろすと郡司は驚いたように目を瞬いていた。
「だから協力してね」
郡司にだけ聞こえるように言うと耳殻をほんのり赤くさせて小さく頷いてくれた。
「じゃあ傷心者は戻ります」
「またね」
ふらふらと経理部を出て行く萩原を見送り、やっと腰を落ち着けた。
「萩原さんっていつもあんな調子ですね。オレ、あの人苦手です」
「いいところもあるんだけどね」
萩原は一言多くお調子者なのが欠点だが、英語、中国語が堪能でフロントとしては優秀ではある。顔も爽やかなイケメンで、鍛えているだけあってスタイルもいいが、性格のせいで霞んでいる部分はあった。
「そういえばレシピ本ありがとう。付箋に細かくコメントがあってビックリしたよ。書くの大変だったんじゃない?」
「時間があったので」
「母さんがすごく感心してたよ。本当にありがとう」
「さっさと痩せてくださいね」
「うう……耳が痛い」
食事内容を置き換えたり、噛む回数を増やしたりして満腹感を得られるようになったが、もっと手っ取り早く効果を得たい。
「早く痩せられる方法あるかな?」
「運動が効率的ですよ」
「運動……あまり好きではないんだよね」
子どもの頃からスポーツは苦手で、小中高と文化系の部活に入っていたくらいだ。
「……運動以外で痩せられる方法知ってますよ」
「本当!? 教えて」
「じゃあ今夜うちに来てもらえますか?」
「郡司くんちに? いいけど、ここじゃできないの?」
「会社ではちょっと」
歯切れの悪さから上司に媚びを売っているところを誰かに見られたくないのだろう。
「わかった」
「泊まることになるかもしれないので、準備もしてください」
長時間に渡ってなにをするのだろうか。
まったく検討がつかないが、苦手な運動をしないで簡単に痩せられるなら怠惰な自分でも続けられるかもしれないと期待に胸を高鳴らせた。
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