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第15話
食事内容の改善と週に一回のセックスのお陰で体重がみるみる減ってきた。
通勤の足取りが軽い。経理部に入ると他の同僚と話していた萩原が「わあ」と声をあげた。
「もしかしてまた痩せた?」
「わかる? 実は七キロ痩せたんだよね」
「嘘だろ!」
萩原は頭から爪先まで潤の身体をまじまじと眺めた。
ウエストが引き締まり、ベルトの穴は真ん中まで戻っている。おまけにスーツも前に着ていたものに逆戻り中だ。
一ヶ月前と比べると明らかに痩せてきている。
なにより驚いたことが痩せたことにより自信がついて、前向きになれたことだ。
いままでは通勤電車のなかで邪魔にならないよう小さく丸まっていたが、最近は背筋はしゃんと伸ばして立っていられる。
成果がでるともっと頑張りたくなり会社より一駅手前で降りて歩くようにした。
三十分も歩けなかった自分がもうへろへろになるようなことはない。
「でもまだ俺のお腹ちゃんは大丈夫だな。厚みは減ったけど」
萩原はすかさず潤の腹を摘んだが以前より薄くなっていることに残念がっている。
そこではっとなにかに気づき、周りを窺いながら耳打ちをしてきた。
「もしかして葵さんも痩せてる?」
「あの人はハマると熱中するタイプだからね。おれより痩せてるよ」
葵はジムに通い始め、そこで仲良くなったメンバーと夜な夜な近所を散歩している。
そのかいあって十キロほど痩せて、見た目がほぼ別人だ。
そのことを報告するとあからさまに萩原は肩を落とした。
「せめておまえだけはこれ以上痩せないでくれ」
「無理だよ。あと十キロは痩せる予定」
「そんなに痩せたらこのお腹がなくなっちまうだろ!」
「いいんだよ、それで」
「てか肌もキレイになった。なんかこう内側から光が出てる感じ……もしかして恋人でもできた?」
「そ、そんなわけないだろ」
「いや俺の恋愛センサーが反応している。間違いない」
遠からず近からずの答えに反応に困る。郡司と毎週セックスしていますなんて口が裂けても言えない。
「そろそろ始業時間だから早く戻りなよ」
まだなにか文句を垂れている萩原の背中を押して経理部から追い出すとようやく人心地がついた。
「萩原さんと本当に仲がいいんですね」
ころことと鈴が鳴るような笑い声に顔を向けたると潤の隣に岡が立っていた。
「朝から騒がしくてごめんね」
「いえ、ちょっとわからない収支報告書があるので見てもらえますか?」
「いいよ。鞄置いたら行くね」
「お願いします」
岡はくるりと身を翻すとカールのかかった毛先が揺れた。それを見て一ヶ月前の自分を振り返る。
周りからの嫌悪の視線に耐えながらの通勤電車は辛かった。そして必ずトイレにかけこみ着替えや制汗スプレーをこれでもかと振りまいて汗臭さを消して自己嫌悪にまみれていた日々。
それよりもダイエットをした方が数百倍も人生が豊かになるとあの頃の自分に教えてあげたい。
潤を変えてくれたのは郡司だ。仕事場での無口が嘘のようにベッドのなかでは甘い言葉を囁いてくれる。ときにじゃれるような意地悪をされるが、それすら潤の身体を濡らす。
「そこで突っ立ってると邪魔なんですけど」
後ろを振り返ると出勤してきた郡司が立っていた。朝からエロいことを考えてたなんて知られたら恥ずかしい。
「お、おはよう」
「おはようございます。顔赤いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫。平気だよ」
「そうですか?」
「佐久間さん! いいですか?」
岡がこちらに向かって手招きしているのを見て、郡司が眉を顰めた。
「昼休み、覚悟してください」
郡司は潤の横を通り過ぎ、デスクに座る。どこか怒っている様子に頭が混乱した。
(覚悟ってなんだろう?)
郡司を怒らせるようなことをしただろうかと頭を悩ませているうちに昼休みになり、いつも通り休憩室に向かった。
弁当を渡され、今日も低カロリーでボリューム満点の昼食なのに郡司がなにを考えているのかモヤモヤしっぱなしで気もそぞろで昼食を終えた。
「今日は金曜日じゃないけど運動の日にします」
「それって」
まさか会社でセックスするということだろうか。いくら休憩室に人はいないと言っても、誰がいつ来るかもわからない状況でそれはまずい。
慌てている潤をよそに郡司は立ち上がり、見下ろしてきた。ついてこいということだろうか。
郡司についていくと食堂とは反対側の倉庫があるトイレに連れて来られた。
潤を個室に押し込んで鍵を閉めるとぎゅっと抱き締められる。背中に回った手がするすると下りていき、潤のベルトのバックルに手をかけた。
「ちょっとここではさすがに」
「この時間なら人来ないから平気ですよ」
「そういう意味じゃなくて」
「でも期待してるでしょ?」
太ももで押された潤の屹立は固くなっていた。快楽を覚えた身体は二人っきりになると嫌でも反応してしまう。
指摘されて身体が熱くなり、郡司の胸板に顔を埋めた。
郡司は器用にチャックを下ろし、潤の猛った屹立を取り出す。
会社で淫らなことをしている背徳感がまるで着火材のように興奮させ、バチバチと弾くたびに全身が疼く。
片手で上下に扱かれ、弱い部分を的確に擦りあげるのですぐに限界までのぼりつめた。
誰も来ないと言ってもわからない。口を閉じて押し寄せてくる快楽に耐え続けていると郡司が声もなく笑った。
「声、我慢しなくてもいいのに」
「こんなとこ誰かに聞かれたらマズいよ」
「誰も来ませんって」
ぶるぶる首を振って、与えられ続ける快楽に耐えた。すると手がぴたりと止み、郡司が立て膝をついて潤の屹立をぱくりと口に含んだ。
「あっ! それはだめ」
「口に出せばスーツ汚れませんよ」
「そういうことじゃ……んンっ」
ねっとりとした感触の気持ちよさのせいでまともに考えられない。足が震え、立っていられなくなり壁に身体を預けた。
「もう少し足を開いてください」
言われるがまま両足を開くと郡司は指を舐め、それを蕾へと押しつけた。
「ひっ」
何度も郡司を受け入れたそこは簡単に指の侵入を許してしまう。
郡司は再び性器を咥え、指は奥へと挿入っていく。二つの刺激に潤は堪えきれずに涙がこぼれた。
「んんっ、ンっ」
咥内の気持ちよさに夢中で腰を振った。屹立が限界まで張りつめて射精感が近い。
「ごめん、出ちゃう……離して」
「このままでいいです」
「だめだって……ンんっ!」
じゅっと強く吸われ我慢できずに射精してしまった。郡司は一滴残らず吸い続け、カリに残った精液も丁寧に舐め取ってくれる。
脱力感にクラクラして便座に腰をかけた。
「これで七カロリー消費ですね」
「……ごめん、こんなところで」
「オレがけしかけたから佐久間さんは気にしないでください。気持ちよかった?」
小さく頷くと頬にキスをされた。
まるで恋人のような扱いに罪悪感が芽生える。
いくら郡司の昇進のためだとはいえ、やり過ぎだ。
セフレという単語が浮かび、そして同時に殴られたような衝撃を受けた。
郡司は昇進のため、潤はダイエットのため二人の利害は一致していたが、ここにきて潤の気持ちが違う方向に傾いていた。
郡司の熱を知って、不器用な面を見て、もっともっとと欲がでた。
本当の恋人のように愛されたい。
「泣いているんですか?」
目元を撫でられ、やさしい声音の郡司にまた胸が締め付けられて心臓が止まってしまいそうだ。
郡司は泣いている子どもをあやすように潤の髪を撫でた。
「痛かったですか?」
「……もうこんなこと止めない?」
両目を大きく見開いた郡司の顔の色がなくなった。いつも通りの無表情に戻ってしまい、感情の読めない黒い瞳が潤を見下ろす。
「岡と付き合うってことですか?」
「違うよ。そうじゃなくて」
「じゃあこのままでも問題ないじゃないですか」
責めるような強い口調に怖くなった。どうして郡司が怒っているのかわからない。
「ちゃんと郡司くんが昇進試験を受けるとき推薦文を書くよ。だからもう終わりにしたい」
「……もしかして昇進のために佐久間さんを利用したと思っていたんですか?」
「だってそうだろ? こんなデブとかっこいい郡司くんが……セフレみたいな関係になる方が変だ」
「セフレって」
言葉をなくした郡司はうっとうしそうに前髪をかきあげた。その両目が釣りあがっている。
「佐久間さんに全然伝わってないことだけわかりました。だからオレはわからせるためにこの関係を辞めませんよ」
「そんな」
セフレ続行宣言をされて絶望した。身体だけの関係は心が死んでいく。
けれど陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと口を動かすだけでなにも言い返せなかった。
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