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第16話

 郡司とのダイエットから四ヶ月が経ち、季節は冬になった。  毎週金曜日のセックスダイエットと日々の食事管理のおかげで潤はさらに十三キロ痩せ、六十キロにまで落ちている。一六九センチなのでBМIにすると二十一の普通体型だ。  幼少期からデブの称号を欲しいままにしていたので、鏡を見るたびに驚く。  顔の肉がなくなり首と顎の境界線ができ、むくみがとれて二重が際だつ。腕や腰周り、足も二回りほど痩せたのでスーツを新調した。  チャックの壊れたビジネスバックや爪先が欠けていた革靴も少し背伸びしてブランド品を揃えるようになると「これに見合う男で居続けたい」と仕事にも気合いが入る。  十二月の下旬はクリスマスや年末年始も近づいてきているのでホテルは一年で一番忙しい。フロント従業員だけでは業務が回らず、経理部から何人かヘルプに行くのだが今年は初めて指名を受けた。  フロントはホテルの顔。見た目も重視されるのでいままでは呼ばれなかっただけに努力を認めてもらえたようで嬉しい。  経理部からは潤、郡司、岡がいくことになった。  フロントは新入研修以来なので本職の萩原に教えてもらいながらこなしていてどうにか数日やり過ごせているが、なにより頭を悩ませたのはナンパだ。  目の前にいるチェックインに来た女性二人組の甘ったるい声に笑顔が固まる。  「ねぇ、お兄さん。仕事終わったらうちらの部屋においでよ」  「一緒にお酒飲もうよ」  「なにかご用があればフロントにお申し付けください」  「じゃあお兄さんを持ってきてもらおうかな」  きゃははと女性たちは笑っているがなにが面白いのかちっともわからない。  後ろにはチェックイン客の大行列ができていてイライラした空気をだしている。一人でも多く捌きたいのにさっきからこの調子でなかなか部屋に行ってくれない。  (困ったな。どうしよう)  まさか連日のようにアプローチをされ、いままで恋愛ごとに疎かった潤にとって苦痛の日々だ。  相手は大切なお客様だから無碍にもできない。傷つけるようなことを言って本社にクレームでもいれられたら大変だ。  (音便にってどうするんだろう)  相手の尊厳を守りつつ傷つけないで断る手段を非モテな潤は持っていない。  「お兄さん、聞いてる?」  ぐっと顔を寄せられたと思うと胸の谷間を寄せて潤にすり寄ろうとしてきた。驚いて「わぁ!」と叫んでしまった。  「見た目と違ってうぶだね」  「本当。可愛い」  くすくす笑われてしまい顔が熱い。  (そりゃ半年前までデブでモテなかったししょうがないじゃん)  まさかそんなこと言えるはずもなく、また頭を悩ませた。  「佐久間さん」  振り返ると郡司が立っていた。  「上に呼ばれてます。ここは代わるので行ってください」  「うん。わかった。ではお客様、失礼します」  「え、またイケメンでてきたんだけど!」  女性陣はまた黄色い声をあげて郡司にすり寄っていた。だが彼は慣れた様子でチェックインを済ませて、女性客の手荷物を持って二人をエレベーターに押し込んだ。  自分と違って慣れている郡司はトラブルにせずに穏便に済ませていたことにほっとする。  一部始終を見守ったあと上司のところへ行くと「呼んでないぞ?」と言われ首を傾げた。  (もしかして郡司くんが庇ってくれた?)  慌てて戻るとちょうど行列がなくなり、フロントは落ち着いているようだ。  そこで郡司と岡がなにやらこそこそ話しているのが見えた。以前は岡を振り泣かせて気まずい雰囲気があった二人がどことなく親しげに映る。  「やっぱあそこ怪しいな」  「萩原いたの?」  「最初からいたっつーの。岡さん、振られたって聞いたけど根気強いな」  岡は可愛くて華がある。まるで桜のように誰もが見上げて感嘆の声をあげるほどに。  対して潤はどうだろう。  痩せて自信はついたとはいえ、生来のできが違う。元々持っているものが天と地をほどの差があるので量産型サラリーマンは脱出できていない。  ブランドバッグを持ち靴を履いてもやはり本来の身の丈に合っていないということだろうか。  努力はしているのにな、と臍を噛む。  「佐久間、自分の顔、鏡で見た方がいいぞ」  「ご飯粒でも付いてた?」  「すげぇ怖い顔してる」  萩原に指摘されて顔を覆った。  (岡さんに嫉妬してしまうなんて)  しっかりしないと。ぱんと両頬を叩いて邪念を払う。その音にフロントスタッフはぎょっとした顔で潤を振り返る。  「ごめん、しっかり仕事する」  「あまり無理するなよ?」  萩原からの労わりの言葉に頷いた。  すぐまた行列ができてしまい、潤は頭を仕事に切り替えた。
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