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第28話 光希の選択

 するつもりがなかったのに、セックスをしてしまったことに、光希は苛立っていた。  健太郎を押しのける事が出来なかったことも、健太郎に反応してしまったことにも。  健太郎から離れて、顔も会わせずに座っていると、健太郎が|阿《おもね》るように「機嫌直せよ」と声を掛けて手を伸ばしてきたので、それを振り払う。  パシッ、と思いがけずに鋭い音がした。 「……触るなよ」 「なんだよ……機嫌直せって……、お前だって気持ち良かっただろ……? なんとかっていう男より、俺の方が良いだろ?」  健太郎の言葉の全てに苛立つ。 「……お前さ、そんなに、好きなときに自由にヤれる相手が欲しいの?」  光希の声は、棘がある。それに、健太郎が怯んでいる。健太郎は、光希の出方を探っているようだったが、光希は、気にしなかった。 「あのさ。俺は、したくないんだよ。そんなにしたきゃ、どこかで女でも引っかけてこいよ」 「……なんだよ。やっぱり、……バンドのヤツがいいのかよ」 「お前と話してても、埒が明かない」  光希は小さく呟いてから、深々とため息を吐いた。そして、すっと立ち上がる。健太郎の手を取って、階下まで引っ張っていく。 「ちょっ……危ないよっ!!!」 「うるさいっ!!」  光希は、腹立たしかった。健太郎は、光希の気持ちも知らないで、好き勝手にしていくことも、適当に機嫌を取れば、また、脚を開くと思っていることも。全部透けて見えて腹が立っていた。  健太郎は上半身裸だった。  散らばった服を押しつけて、玄関に押しやる。 「光希っ!!!」 「……二度と俺の前に顔を見せないで欲しい。俺は、お前のオナホじゃないし、俺のすることはお前には関係ない、何もお前の指図は受けない」 「な、……なんだよ……」  立て板に水の如くに言う光希に、健太郎は怯んでいたし、混乱していた。傍目にも明らかに狼狽している。だが、もはや光希には関係がなかった。 「俺、桜町を出るよ」 「えっ……!?」 「……なん、なん……なんて……?」 「桜町を出る。バンドで食ってく」 「ちょ……っと、まてよっ!! それって……、あの、バンドの男も一緒なのか?」  健太郎が叫ぶ。悲痛な叫びにも聞こえたが、子供の癇癪のようでもあった。 「そうだよ。龍臣とは何も関係はないけど、俺は龍臣に賭ける。……この町で、夢を諦めたんだって、酒場でクサってるオッサンになりたくないんだよ、俺は!!」  呆然としている健太郎をドアの外に追い出して、健太郎の靴も玄関から投げ出した。  そして、固く戸を閉めて、鍵も掛けた。ドアガードも掛けた。  健太郎は、戸を叩いて何か叫んでいるが、耳を塞いで何も聞かないようにして、部屋に戻ってヘッドホンを付けた。音楽プレイヤーで、曲を再生させる。ハードロックだった。その音量を最大した。何も聞こえない。聞きたくない。  スマートフォンを取りだして、LINEを開く。健太郎をブロックした。  電話も掛かってこないようにした。  頭を抱えながら、光希はベッドの隅で縮こまる。  今、変えなければ、ずっとこのままずるずると行くだろう。  それは良くない。このままで良いわけがない。 (今、別れた方が良い……)  そう考えた時、光希は自嘲した。別れるもなにも、付き合っては居なかった。ただ、肉体関係だけがあっただけだ。しかも、それは健太郎の都合で持たれる行為だった。今日のように。  こんな関係を、続けていてはいけない。 「東京に行こう」  龍臣に、メールを打った。  光希も、トライアルを受けてみたい。プロの世界に挑戦してみたい―――。  指が、震えた。
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