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第4話 リハビリ
公園で待っていると昼食を済ませたアンディがやってきた。落ち着いた様子なので今日の調子は悪くなさそうだ。
アンディは軽めのシャドーを始めた。運動らしい運動はしばらくしていなかったと言った。ブランクがあるようには思えないほど滑らかな動きをしている。
彼には瞬発力やバランス感覚だけでは無い。天性のリズム感があるので、実際の速度以上の凄まじい俊敏さに感じられる。
一定のリズムを保ちながら要所でタイミングを外すセンスは誰にも真似が出来ない。その予想外のタイミングを見るとはっとさせられるのだ。
彼はウォーミングアップが一区切りつくと、地面を踏みしめて脚の腱を伸ばしていた。
「グローブ持ってきてくれた?」
「ほら、受け取って」
オープンフィンガータイプのグローブを投げた。ポケットサイズで持ち運びがしやすいのでこれにしたんだ。僕は限界まで身軽でいたくって、バッグすら持ちたくない。プロテクターやサポーター類は一切持って来なかった。軽く当てるだけの寸止めに近い練習をするだけだから、用意する必要性を感じなかった。
ダイナミックなサークリングで距離を取る彼は、避けることに専念しつつ時折ジャブをばら撒いていた。僕は前進あるのみで攻め続けたけれど、ことごとく空を切った。
「だめだ、こっちの攻撃がエスパーみたいに読まれているような……あやつり人形にでもなったような気持ちがする。アンディ、実はトレーニングやってる?」
「してないよ。スパーリングは力を加減してもらえるから、僕でもまだ何とかなるようだね」
幻影のように舞う彼には技が決まる気がしなかった。こうしたチェスのような勝負になれば勝てる見込みは少ない。鍛錬の量に明らかな差があっても条件次第で不利になることが悔しかった。
だけど憎しみの感情が炎上するような感じにはならなかった。彼にノック・アウトされればさぞかし芸術的なシーンが誕生することだろう。観客は消え去ったかのように静まり返り、総毛立つような戦慄の瞬間。自分がその景色に貢献できるのなら悪くない散り方かもしれない。
僕はノックアウト負けをした経験が無い。意識が朦朧とする中で、ライトアップされた彼のクールな勝利ポーズを見上げる構図。倒されるならそんな風な負け方をしたい。
圧倒的に彼のほうが神童の名に相応しいことは身に染みて感じている。僕に同じ異名が付いているのは話題作りであって、単なるお溢れだ。泥臭く体育会系的なトレーニングを寝る間も惜しんで続けている、根性型の凡才ファイターに過ぎない。応援して貰えていること事態はとても嬉しいけれど、プレッシャーを感じてもいる。
「久々のスパーリング、どうだった?」
「良い気分転換になったね。直も良い結果に繋がれば良いんだけど」
「君と戦い慣れていると、他の選手には百発百中で技が当てられるような気になるよ」
「直ならきっと世界レベルでも通用するよ」
「お互い、一番獲ろう」
「ああ、そうだね。芸術の世界で一番になるなら、よほど突出しないとね。自信無いや」
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