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生き辛いよね 3

「あのさぁ……」 震える橋名の頭に誰かが触れて、びくりと身体が揺れた。 恐る恐る顔をあげると、沙凪が彼女と橋名の間に入ってくれていた。 「“俺の”橋名くんをあんまり虐めないでもらえるかなぁ」 沙凪の顔はよく見えなかったが、一瞬にして場の空気が変わり 橋名は息も出来ないほどその鋭く静かな世界に縛り付けられていた。 「……っ、あ」 「いい加減にしな? 橋名くんが君のものじゃないことくらいわかるよね?」 「だ、だって…」 「だって、何?」 「…っ、うう…」 彼女はみるみる内に戦意喪失していき、酷く怖がっているような青ざめた顔をして 後退るように2人から距離を取り、やがて走って去っていってしまった。 橋名は暫く震えながら、沙凪の背中を見上げていた。 襟足から見える白い首筋、黒髪から覗くピアス、こんな風に誰かの背中が大きく感じたことはなかった。 彼の放つ空気に身体が強張っているのに、妙な心地だった。 「やれやれ…」 沙凪は頭を掻きながらため息を零し、静かに振り返った。 彼はいつも通りに穏やかな表情で、橋名を見下ろしてくる。 「大丈夫?橋名くん……」 沙凪は何も言えずに震えている橋名の頭をそっと抱き締めるように片手で引き寄せてくれた。 「…怖かったね、よしよし」 彼の腹辺りに顔を埋めながら、その香りを感じると張り詰めていた糸が切れたように涙が溢れてきてしまった。 本日2度目の大号泣だったが、沙凪は怒るでもなく貶すでもなく ただただ頭を撫で続けてくれたのだった。

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