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個人的な話 1
沙凪は何も言わないまま、橋名が落ち着くまで頭を撫でてくれた。
結局仕事に戻らされたが、全く何も手に付かなくて橋名は終業時間まで机に自分の身体を縛り付けていた。
自分は彼の何者でもないのに、沙凪が誰かと居ることに勝手に妬んで泣いたりして。
それでも追いかけて来てくれた事に浅ましく喜んで。
自分で自分が信じられなかった。
特別聞き分けがいいと思っていたわけではなかったが、こんなにも自分が我儘で止めどない、一方的な欲求を持っているなんて。
沙凪に呆れられて当然だと思う。
あの優しくて、なんでも救おうとしてしまう人に。
有澤に気を遣われさっさと帰れと言われ、橋名は残業も出来ずにふらふらとエレベーターに乗り込んだ。
こんな自分がいても迷惑をかけるだけだと思うと余計に悲しかったから。
エレベーターは途中の階で止まり、ドアが開いた先にいた人物に思わず目を開いてしまう。
先程沙凪と喋っていた男だった。
「それでは市原常務…お疲れ様でした…!」
「はい、お疲れ様」
普段社内で偉そうにしている人間が、彼に頭を下げていて
橋名は思わず端っこに身を縮こめながらあまり目を合わせないようにぺこりと頭を下げた。
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