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恋人なら恥ずかしくないこと *R18/オシガマ
入社2年目企画部の受は、失敗など無い完璧な人生を歩んで来た。
製造部との会議を終え飛び乗ったエレベーター。
そこにいたのは同期で営業の攻。
コミュ力抜群で営業成績は優秀だが、適当な性格の攻が受は苦手だった。
平静を装って「お疲れ様」と挨拶して乗り込む。攻も「お疲れー 」と返す。
数階進んだ時、エレベーターが突然停止し、カゴ内は非常用照明に。
「え、なに?」
「停電?」
非常ボタンを押すと警備のおじさんの呑気な声が。
『停電だね〜。そのうち復旧するはずだから』
受は絶望した。
会議でコーヒーを飲んでしまった。
しかも3時間に及ぶ長会議だった。
受は今猛烈にトイレに行きたかったのだ。
「まー、そのうち動くでしょ」
攻もまたのんびりと言う。
受は「そうだな」と平静を装いスマホで停電の状況を調べると、SNSでは送電線が切れたとの情報が。停電が長時間になる可能性に焦りが増す。
すると攻が話しかけてきた。
「急いでた?」
「いや、大丈夫だ」
「なんか顔色悪いけど、閉所恐怖症?」
「いや、本当に大丈夫だ」
目を合わせずに淡々と返事をする受だが、攻は踏み込んでくる。
「ひょっとしてトイレ?」
「いや……」
「大?」
流石に大きい方だとは思われたくなくて正直に口を開いた。
「……小」
それを聞いた攻は鞄を漁り始めた。
「どれ位で動くか分からないし、出しちゃった方がいいぞ。ほら」
攻は透明なプラ袋に入ったDMを2通、受に差し出した。
「は?」
「緊急事態だし、男同士なんだし、気にすんなよ」
そう話ながら、攻はプラ袋を開け中の広告をクシャクシャに丸め袋に戻す。
「ほら、袋二重にしたから大丈夫だ」
「む、無理無理無理無理っ!」
「でも、すぐ復旧しないかもよ?」
「だけど、こんなところでっ!」
「立ちションと変わらんだろ」
「た、立ちションなんてしないよっ!」
「マジで?お坊ちゃんだなぁ」
馬鹿にされているような気もして受は袋を突き返した。
「とにかく大丈夫だからっ!」
それから数分。
一向に復旧しないエレベーターの中で受は体育座りで耐えていた。
「なあ、漏らすより遥かにマシだと思うぞ」
受は虚ろに顔を上げた。
「俺は誰にも言ったりしない」
いつもヘラヘラしている攻の真面目な顔。
(本当に漏らしたら立ち直れない……)
受はゆっくりと立ち上がるとプラ袋を取った。
受の決意を察した攻が視線を外し背を向けてくれる。
スラックスの前をくつろげる。
密室とは言え公共の場でプライベートゾーンを露出させることに身体が震えた。
しかしもう膀胱は限界の限界だ。
プラ袋に向けて解放しようとした。
だが……
「……もう、終わった?」
一向に何も言わない受に攻が確認してきた。
受は苦しげに吐き出した。
「……ダメだっ、で、出ないっ」
箱入りで育てられた受は倫理の壁を乗り越えられない。
苦しいのに解放出来ないのだ。
すると攻が近づき耳元で囁いた。
「袋持ってて」
「なっ!」
驚く受を攻が後ろから抱き込み、右手で受の目を隠し、左手で下腹を撫でる。
「なっ、何してっ!」
「リラックスして」
そんなの無理だ!と思ったのに、攻の低く響く声に力が抜けていく。
「大丈夫。出来るよ」
視界を塞がれ攻に背中から包み込まれ、身も心も全てを託したような感覚だった。
「3つ数えるよ。いち…」
攻が優しく下腹を押す。
「にぃ…」
その手はさらに下がり受の竿に触れた。
「さん…」
「っ!」
攻の掛け声から一拍置き、タタッとプラ袋を打つ水音が響いた。
その後はショロショロともう止める事は出来ないせせらぎが続く。
「ん、出来たな……」
脳に響く攻の優しい声が心地いい。
全てを出し切った受は目眩がして倒れそうになったが、攻は力強く抱き留めてくれた。
「大丈夫か?」
攻は受のスラックスを上げ身支度も整えてくれた。
「……ご、ごめん」
再び座り込み、顔を上げられない受。
その時、照明が明るくなりエレベーターが動き出した。
「ああ、良かった」
安堵したように呟く攻。
やがて扉が開くと、受はプラ袋を掴み逃げるようにエレベーターから飛び出した。
翌日から受は体調不良と称して会社を休んだ。
苦手な同期の前で、いわばお漏らしてしまうなど受には耐え難い出来事だったのだ。
恥ずかしくて、情けなくて、あの時の事が頭をグルグルと回る。
普通じゃない。あんなこと。
受の人生で初めての大失敗だった。
欠勤4日目。
引きこもっているアパートの食料が尽き、仕方なく夜にコンビニへと出た。
適当に菓子パンをカゴに放り込み会計をしている時、入店してきたサラリーマンと目が合った。
攻だった。
買ったものを掴み、慌てて店を出ると攻が追いかけてきた。
「待ってくれ!少し話そう!」
追い付かれ腕を掴まれた。
口から心臓が出そうな程のバクバクしていた。
「あ、あのさっ、その……」
攻がらしくもなく口篭る。
(こんな無様な奴に何言ったら良いかわからないよな……)
卑屈に思う受に攻が口を開いた。
「会社、辞めないよな?」
受は俯いたまま答えた。
「わからない……」
このまま行けなかったら辞めるしかない。
でもその後どう生きて行けばいいのかも分からない。
転んだことが無いから起き上がり方が分からないのだ。
「俺に会いたくないなら、俺が辞めるよ」
受は驚き顔を上げた。
悲しげに笑う攻。
「そ、そんなことしなくていい!」
攻の人生まで狂わせてしまうと受は焦った。
「どうしたらいいか分からないんだっ! あんな失敗を君に見られて……」
「大したことじゃないよ」
「そう感じる人もいるって思おうとしたけどっ! でも……」
4日間考え続けても結論が出なかった。それを今、攻に吐き出し何故かホッしている感覚もある。
「あのさ、その……」
攻が言いにくそうに切り出した。
「俺と付き合わないか?」
「は?」
突然全く違う話をされた気がして事態が理解出来ない。
「いや、だからさ、ああいうのって恋人なら恥ずかしくないことだろ?」
「はあ……」
「恋人なら普通のことだよ」
――普通。
それは受が今一番欲しい状態だった。
「……なる。恋人に、なる」
受はぼんやりと呟いた。
「ま、マジでっ?!!」
攻が突然大きな声を出し、受はビクリと身体を震わせた。
「ああ、ご、ごめん!ダメ元だったから、なんか驚いて……」
攻はクニャリとした笑顔を浮かべた。
受が初めて見る顔だ。
「家まで送るよ。あ、いきなり送り狼になったりしないから」
「う、うん……」
「手つないでいい? 暗いから目立たないし……恋人なら恥ずかしくないことだろ?」
攻にそう言われ、受はおずおずと手を差し出した。
攻の手は少し冷たくて少し大きかった。
受は胸の奥が温かくなるのを感じていた。
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