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W生徒会長!
高校入試の日。
僕は国語と社会を完璧こなし、休み時間にトイレへ向った。
受験生たちが出入りする中、洗面台の近くに焦った様子で教科書をめくる他校の生徒が。
僕が用を済ませてもまだやってる。
僕と同じくらいの背丈だが、迷子の柴犬みたいにオロオロしてた。
僕は邪魔なそいつに声をかけた。
「あの、すみませ……」
「とっ、徳川幕府を開いたのって豊臣秀吉だよねっ?!」
「は?」
柴犬は血走った目で僕に吠えてきた。
『徳川』って自分で言ってんじゃん……。
家からの近さで選んだ平凡高校。
だがこんなレベルの奴がいるのかと思うと絶望すら感じる。
だがこの大事な日にこの動揺ぷり。
哀れな奴。
この柴犬の合否など僕の合否には微塵も影響しない。
だってきっと僕は学年トップで合格するはずだから。
僕は笑顔を向けて言ってやった。
「合ってるよ。徳川幕府を開いたのは豊臣秀吉だ」
柴犬は僕の顔を見つめて固まった。
僕はそいつの脇を通り手を洗い、手を拭いたハンカチをブレザーに仕舞おうとしてポケットに入っていたのど飴に気付いた。
「あげるよ」
「あっ、あっ、えと……」
おずおずと差し出された手に飴を落とす。
「もう社会は終わったんだからさ、次に切り替えようよ」
そいつは顔を真っ赤に染めて頷いた。
「じゃ、お互い頑張ろうね」
そう締めて僕は颯爽とその場を後にした。
ああ、いい慈善事業をしたな!
僕はとても気分が良かった。
その後の入学式。
僕は入試成績トップで新入生代表として壇上に立ち、見下ろした先に例の柴犬を発見した。
結局柴犬とはクラスが違い話すことも無かったが、時々似たような陰キャとつるんでいるのを見かける。
奴が地味なりにも青春を過ごせているのはどう考えても僕のおかげた。
一年の夏休み明け、奴はグンと背が伸びていた。
その後もメキメキと背を伸ばし、僕は奴の呼び名を“柴犬”から“ドス柴”に改めた。
二年生の秋。
僕は生徒会長に立候補した。
この平凡な高校で完璧なトップとして君臨する。
僕の人生に於いての一通過点だ。
立候補者には学年一の美女もいた。
立候補者は落選しても生徒会役員に指名されるのが慣例。
だから彼女と生徒会を共にする事は確定だ。
実にいい青春が送れそうではないか。
予想外なことも起こった。
届出の締切間際にあのドス柴が立候補してきたのだ。
立会演説会の日。
ジョークも交えた僕の演説は完璧だった。
傍聴している生徒たちの反応もすこぶる良い。
学年一の美女もまずまずの演説だった。
でもきっと僕の方が勝っている。
そして最後にあのドス柴が出てきた。
案の定、ガチガチ。入試の時と同じ。
右手と右脚が同時に出るような歩き方で登壇し、勢いよくしたお辞儀で頭が激突したマイクが轟音を立ててステージ下まで落ちていった。
生徒達から笑いが起こる中、選管の生徒がマイクを拾い演台に戻す。
「すすすみませんっ!ぼぼぼ僕はっ」
コントかよ。
原稿を持っている手がブルブルと震えている。
生徒達からのざわめきも更に大きくなっていく。
僕のおかげでせっかく静穏な青春を過ごしていたのに、こんな所に出て奴は何を考えているのか。
これはもう一度、僕が助けてやるしかない。
そう思った時。
ドス柴は原稿をグシャリと握り潰して叫んだ。
「俺っ!どうしても生徒会に入りたいんです!」
声がデカすぎてハウリングするマイク。
わずかな間を置き、生徒の中から野次が飛んだ。
「好きな奴でもいんのかー!」
その途端、その場がドッと沸いた。
ヒューヒューと口笛も鳴る。
本人は真っ赤になり固まっていた。
肯定しているようなものだ。
立候補している女子生徒は2名。
奴の想い人はそのどちらかという訳だ。
陰キャのドス柴のクセに学年一の美女を狙ってんのか?
なんか腹が立つ。
「ど、どうか!俺を生徒会に入れてください!」
ヤツは叫び、逃げるようにステージを降りた。
さらに盛り上がる生徒達。
でも皆バカにはしていない。
「頑張れよー」と叫び、拍手まで贈っている。
ザワッと不安が僕の背中を這い上がってきた。
いやいや、大丈夫だ。
あんな奴に僕が負けるはずはない。
即日投開票が行われ、出た結果に僕は愕然とした。
僕とドス柴が得票数同数で1位。
「これは決選投票かなぁ」
実に楽しそうに笑う生徒会顧問。
「それとも生徒会長、二人でやる?」
「そんなの可能なんですか」
選管生徒が顧問に尋ねた。
「別にいいんじゃない?どうする?お二人さん」
僕はブチギレそうになる感情を必死に押さえ、笑顔を作る。
「明日まで考えさせてください。今日は帰ります」
その間、ドス柴はアワアワしているだけだった。
ほとんど競歩みたいな歩調で下校した。
熱いものがこみ上げてきて、耐えきれず近くの神社に駆け込んだ。
「ふざけんな!クソ!クソっ!」
社殿裏で巨木の幹を拳で叩く。
涙がバタバタと溢れた。
漫画やアニメと違い、現実の生徒会長なんて何の権力も無いし、誰がやっても同じ。
皆ノリで投票しているのが現実なんだ。
「あ、あのっ、ごめん!」
突然の大声に驚き振り向くとそこにはドス柴が立っていた。
「おっ、お前っ!何ついてきてんだよ!」
「あ、謝りたくて……!」
「同票でごめんって?バカにしてんのっ?!」
こんな奴に暴言や泣き顔まで見られた。
善人ぶるのはやめた。もうヤケクソだ。
「お前、何なんだよ!」
「お、俺、実は入試の時に助けてもらってて…」
「あの時のカメですみたいに言うなっ!そんなのわかってるっ!」
「お、覚えてるの?!」
「はぁ?!あたりまえだろっ!」
僕のその言葉にドス柴は目を輝かせた。
なんなんだ?その嬉しそうな顔は。
意味がわからない。
「俺、ずっとお礼を言いたくて、でも言えなくて……生徒会に入ったら話せるかなって……」
「……は?それだけで立候補したのか?」
「それだけって言うか、まあ……」
耳まで真っ赤に染めるドス柴。
なんだよ。女子目当てじゃなかったのかよ。
僕は少しだけ怒りが収まる気がした。
少しだけだが。
「す、滑り込めれば良かったんだ。なのに皆面白がって……」
しょんぼりと肩を丸めるドス柴。
僕は涙を袖で拭いて顔を上げた。
「……生徒会長、二人でやる?」
「む、無理だよっ!俺、辞退するよ!」
「はあ?僕に譲られた席に座れって言うのか?」
「そ、そんなつもりは!」
「じゃあ決選投票するか?」
う……と、言葉を詰まらせるドス柴。
生徒達のノリでドス柴が当選してしまう可能性も十分にある。
「いーじゃん!僕とやろうよ。ダブル生徒会長!」
僕はいつものよそ行き用ではない意地の悪い笑顔を浮かべた。
ドス柴はさらに顔を赤く染め、だが意を決したような強い瞳でコクリと頷いた。
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