4 / 5

W生徒会長!(ドス柴 視点)

「デカ会長、花作り進んでる〜?」  突然声を掛けられ、身体が勝手にビクリと震えた。  顔を上げると女子生徒二人が立っている。学年一の美女と言われている副会長さんと、明るく気さくな会計さんだ。 「あ、う、うん……」  生徒会に入って人と話すことが増えたけど、俺は依然緊張してしまう。  今日俺は新入生歓迎会の準備で装飾用の花を作っている。ピンクとか黄色の薄い紙を蛇腹に折って、ふわふわに広げたアレだ。 「体育館の方、大体終わったから。手伝うよ」 「あ、ありがとう。早かったんだね」 「プチ会長って指示が的確だよね!」 「テキパキしてるよね。ねぇ、プチ会長って呼ばれてるのもう本人知ってる? 絶対怒るよね?」 「笑ってたから大丈夫だよ」  女子二人の話を俺は黙って聞いていた。  ……それ絶対怒っているヤツだ。  魔天使くんは感情の起伏が豊かだ。怒るし、泣くし、でも全部隠してニコニコしてる。きっとそれを知っている人間は少ない。  俺が魔天使くんに出会ったのは入試の日だった。 「まあ、落ちても二次募集あるんだから」  普段勉強のことに口を出さない親父が、送迎の軽トラの中でそんなことを口にした。  この田舎には選べる程高校は無い。定員割れして二次募集をかけるのはヤンキー高校だけ。地味でビビリな俺がヤンキー達に囲まれて三年過ごすなんて……!  第一志望校は俺の成績で十分に入れるレベルなのに、俺はこの親父の一言でパニックになってしまった。  一科目目の国語はほとんど記憶がない。その後の社会も得意科目だったのに全然上手くいかなくて益々パニックになった。  流れを変えたくてトイレで歴史の教科書を捲り、先ほどの回答を確認した。大丈夫だって思いたかった。 「あの、すみませ……」  突然声をかけられて、俺はその他校の生徒に咄嗟に聞いてしまった。 「とっ、徳川幕府を開いたのって豊臣秀吉だよねっ?!」 「は?」  その生徒を見て、俺は驚いた。  とにかく目が綺麗だった。  春先の水を張ったばかりの田んぼに映る青空みたいな、山に落ちてるのにツヤツヤなどんぐりみたいな……俺だとなんか良い例えが思いつかないんだけど、とにかく綺麗な目だったんだ。  本当に天使かと思った。 「合ってるよ。徳川幕府を開いたのは豊臣秀吉だ」  その天使くんは笑顔でそう答えた。 「はい、あげるよ」 「あっ、あっ、えと……」  手渡されたのはハチミツレモンのど飴。 「もう社会は終わったんだからさ、次に切り替えようよ」  天使くんがそう励ましてくる。 「じゃ、お互い頑張ろうね」  爽やかに立ち去る天使くんの後ろ姿を見つつ、俺は絶対同じ高校に入りたいと強く思った。  その後の科目は上手く行った。『ヤンキー高校に行きたくない!』と言うマイナス思考から『あの天使くんと同じ高校に通いたい!』と言うプラス思考に変わったからだと思う。  入試が終わり冷静になったら、「徳川幕府を開いたのは豊臣秀吉か?」などとなんて恥ずかしい質問をしてしたのだろうと悶絶した。  しかしそれと同時に「もしかして、天使くんてあまり頭が良くない?」とも思い、天使くんもちゃんと受かるか心配になった。  しかしその不安は入学式に新入生代表で挨拶する彼の姿を見て吹き飛んだ。頭が良くないどころか学年トップの成績。  あの時、俺の動揺を察して天使くんは嘘をついてくれたのだ。それが分かったらもう駄目だった。  俺は完全に天使くんを好きになってしまった。  あの時貰った飴の包みは今でも大事にとってあるし、同じハチミツレモンのど飴をよく買って舐めている。  ハチミツの甘さとレモンの爽やかさが天使くんのイメージと重なるから。  そんな高校生活の中、俺は入部した歴史研究同好会のメンバーとそこそこ楽しく過ごした。俺と同じ地味なメンツで居心地も良かった。  天使くんの周りには当然カッコよくてカワイイ生徒達が集まっていた。そんな彼らの中でも最も輝いているのは天使くんだが。  あの時のお礼を言いたかったけど、俺は天使くんに声がかけられなかった。  でもずっと天使くんを見ていた。  そして気付いた。  いつもニコニコしている天使くんは、ふとした時に顔を歪ませ何か呟く時がある。きっと悪態をついているのだ。  天使くんの裏側。  きっと気付いているのは俺だけだ。  俺は“天使くん”を改め、“魔天使くん”と呼ぶようになった。もちろん心の中だけだが。  二年になっても魔天使くんとクラスは同じになれなかったけど、俺は遠くから見つめているだけでも幸せだった。  ……いや、そう思おうとしていた。  二年生の終わりに魔天使くんは生徒会長に立候補した。  俺はもし生徒会に入れたら魔天使くんの側にいられると気付いた。  散々迷って迷って、締め切り間際に立候補届けを出した。推薦人には同じ歴史研究同好会のメガネ君がなってくれた。  俺と同じ引っ込み思案だと思っていたメガネ君は、地域の歴史学習で大人の前でも研究発表をしている経験もあって、その応援演説は堂々としたものだった。  対して俺は、もう……それはそれは酷かった。  しかも「好きな奴でもいんのかー!」なんて掛け声に更にパニックになって。  なのに結果はなんと魔天使くんと同得票数。  謝りたくて追いかけていった神社で魔天使くんに大泣きされてしまった。  本当に悪いことをしてしまったと思ったけど、魔天使くんが感情を剥き出しにして俺を見ていることに魂が震えた。  さらに魔天使くんは入試のことも覚えていて、俺のことを認識していたことがわかりもの凄く嬉しかった。  結局、魔天使くんに押し切られて二人で生徒会長をやることになった。 「いーじゃん!僕とやろうよ。ダブル生徒会長!」  普段の整ったモデルの様な笑顔ではなく、『にへへ』といたずらっぽく笑う魔天使くんに、俺が抗えるわけもなかった。  そして、今俺は魔天使くんと並んで生徒会長をしている。 ……とは言え、俺はコミュ力も乏しくて、やっぱり雑用くらいしか出来てないんだけど。 「デカ会長! 一個も出来てないじゃん!」  出来上がった花を入れる箱をひっくり返し、会計さんが怒ったように尋ねてきた。 「あ、あの、えっと……」  俺は慌てて足元の箱を引っ張り出して女子二人に見せた。 「蛇腹に折って中心留めるとこまで先にやってて……あと広げるだけから……ご、ごめん」 「え、すごーい! 一人でもうここまでやったの?」 「おお~! なんだ効率良いじゃん!」  怒られたと思ったが二人から褒められた。  生徒会に入って色々な人と話すようになって少しビビリな所も治ってきている気がする。 「う、うち、農家だから、こういう単純作業、よくやらされるんだ……」  へへっと笑いをしながら答えていた時。 「お疲れ。もう遅いから女子は帰りなよ」  魔天使くんが入ってきた。いつものキレイな笑顔を浮かべている。 「え、いいの? 手伝うよ?」 「大丈夫。後は僕たち二人で終わるよ。な?」 「う、うんっ!!」  二人きりで作業出来るドキドキに俺は馬鹿デカい声で返事をしてしまった。  女子二人は「じゃあ……ゴメンね!」と言って帰って行った。  女子二人がいなくなると魔天使くんはスッと笑顔を消した。 「これ、広げればいいのか?」 「あ、うんっ」  そして黙々と紙を広げて花を作っていく。  魔天使くんは俺に愛想を振り撒かない。  良いんだ。それで。  俺の前では気を使わずに素のままでいて欲しい。魔天使くんにとって俺が愛想を振り撒く価値も無いと思われているとしても。 「……やっぱり、女子目当てで立候補したんだろ?」  魔天使くんが手を動かしつつポソッと呟いた。 「えっ?」 「僕に礼を言いたかったからなんて、嘘なんだ」  こちらを見ずに鼻で笑う魔天使くん。 「ほ、本当だよっ!」  俺は焦って声を荒げた。  魔天使くんはたぶん副会長さんが好きなんだ。他の皆もあの二人はお似合いだって言ってる。魔天使くんは俺がその副会長さんを狙っていると思って怒っているのだろう。 「や、やっぱり、副会長さんと付き合いたいの?」 「は?」  思い切って質問してみる。  魔天使くんは一瞬顔をあげて、また視線を花に落とした。 「……立候補した時は、僕が会長で彼女が副会長で……それで付き合ったら完璧だなって思ってたけど」  自分で聞いたくせに俺は胸が苦しくなった。なんとか「そうなんだ……」と言葉をひねり出す。 「でも、なんか……忘れてた」  魔天使くんは花を作りながらはみるみる真っ赤になっていく。その様子に俺は思い浮かんだ事を聞かずにはいられなかった。 「ほ、他に誰か好きな人、出来たってこと?」  魔天使くんはガバッと顔を上げた。顔だけじゃなく、白い首筋まで真っ赤になっていく。 「う、うるさいっ!」  魔天使くんは作っていた花を俺に投げつけた。  軽く柔らかな花はこちらまで届かずに床に落ちた。 「ドス柴のクセにっ、変なこと聞くなっ!」  魔天使くんはそう叫ぶとプリプリしながらも荒い手つきで花作りに戻った。  “どすしば”って何だろう?  流行りの言葉だろうか。  魔天使くんをこれ以上怒らせるのは避けるべきだから、後で検索してみよう。  そう思いつつ、俺も花作りを進めた。

ともだちにシェアしよう!