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第2話

 ――仔猫を、本当に殺そうと思っていた。その方が、辛い思いをしないと、本当に考えていた。それをあっさりと治したルイスを見た時、ワルツは当初困惑していた。顔にこそ出さなかったが、内心では動揺していた。魔術師という者は、プライドが高い者が多い。人間相手ですら、めったに治癒魔術を使ったりはしない。頭を下げて、お願いするような存在だ。それだけ、魔力持ちは貴重だ。  それを、猫を心配そうな目で見て、自分に抗議する顔をして、あっさりと治したルイス。そんなルイスの姿を見た瞬間に、ワルツの心は激しく揺れた。  ああ、優しいんだな、と。  殺すことばかり考えていた自分とは、根底が違う。その瞬間、ワルツは自分の心も癒やされたように感じた。控えめな笑顔を猫に向けたルイスが、あまりにも神々しく思えた。  また、会いたいと思った。何故そう思ったのかは、その時点では不明瞭だったが、ワルツは己の直感を疑わないたちだ。餌を口実に、次の約束を取り付ける。実際に猫が心配でもあったが、無性にルイスに会いたいと思っていた。  その後は、忙しい仕事の合間を縫って、庭園へといく。そしてルイスの姿を見つけると、胸が満ちる、その繰り返しとなった。 「……」  ある日、どうしても書類が片付かず、ワルツは執務室で王弟殿下の手伝いをしていた。ただ、窓から見える庭園を、チラチラと見てしまう。 「どうかしたのかい?」  すると王弟殿下が、苦笑交じりに声をかけた。 「いいえ」 「嘘。言いなさい」 「――……最近、気になる者がいるのです」 「気になる? どういった趣旨で? 間者かい?」 「いえ、あれは光の者……では、ないでしょうが、心根は優しい」 「光の者ではない?」 「ええ。常に私の隙を探し、殺気を抑えています。肢体から考えても、接近戦の技量もあるようです。刺客かと考えていたのですが……その割に、様子を窺っているのか手を出してくることは、まだ……」 「疑っているから、気になっている……というわけではなさそうだけれどね?」  王弟殿下の鋭い問いかけに、ワルツは唾液を嚥下する。 「その者のそばにいると……胸が温かくなるといいますか……」 「ふぅん。ドキドキしたりは?」 「……確かに心音は早くなりますが」 「それ、恋じゃないの?」  その指摘に、ワルツ自身もそうではないかと考えていたので、何も答えが見つからない。ワルツは、男も女も抱いたことはあったが、恋はしたことがなかった。 「どうしたいの? それで」 「私を狙っているのであれば、倒す自信がありますので、放置し……その……」 「その?」 「これからも……また、会いたいと」 「へぇ。愛してるんだねぇ。殺されてもいいくらい好きなんだ?」 「私が負ける青写真は描けません」 「そうだね。君を倒せる者は、そうは多くはない。ただ、恋は人を惑わせるからね。きちんと素性はこちらで調べておくよ。その者の名前は?」 「ルイスといいます。魔術師として、騎士団に所属しています」  王弟殿下は、微笑しながら頷いた。  この日、ワルツはその後は無言で仕事をかたづけた。  そして、翌日。 「ねぇ、ワルツ」 「はい」 「ルイスくんのことなんだけどね」 「はい」 「――前騎士団長の次男。ご子息だ。大発見だよ。出生時の魔力色と、騎士団への登録魔力色が一致したから間違いない。貴族は出生時に登録が義務づけられているからね」 「っ」  それを聞いて、ワルツは思い出した。  そうだ、あの日。あの、物置の中にいた子供。成長していれば、丁度ルイスと同じ年頃だ。自分とは五歳程度離れていたはずだ。当時からワルツは大人びていたため、既に十五歳で隊長職にあった。抜擢したのは、王弟殿下である。 「なるほど、復讐、ですか」 「そうだろうね。どうするの? 私は殺しておくことを勧めるけれどね? なにせ、脱税と横領をしていた前騎士団長の次男だ。奴隷売買にも手を染めていた。鬼畜の血が流れていると私は思うけれど」 「――猶予を。あの者が、本当に私を手にかけるか、見極めたい」 「ほう」 「いいえ。手にかけさせません。復讐心を、私が消し去ります」 「やっぱり、恋じゃない」  そんなやりとりがあった。ワルツはその翌日、今まで通り、ルイスを食事に誘った。 「ルイス、寮の部屋に来ないか?」  人目がある場所を避けようと思い、ワルツはそう言った。するときょとんとした後、ルイスが戸惑うような表情に変わり、ぶんぶんと首を振る。その姿が愛らしい。 「いいえ。恐れ多いので」  その言葉を聞いた時、はたとワルツは思った。夜の誘いだと誤解されたようだと気がついたのである。 「――その、他意はないんだ。ただ、少し話がしたかった。それだけだからな」 「い、いつか!」  戸惑っている頬の朱いルイスは、とても暗殺者には見えなかった。  さて、その数日後である。  なんとルイスに手を出そうとした男がいた。殺意がわいたワルツは、思わずルイスを抱き寄せる。するとルイスが真っ赤になった。本当に、愛らしい。愛おしい。愛している。  そう思ったら、もう我慢が出来なくなった。自分の心まで癒やしてくれたルイスを、この手で光の下へと取り戻したくなる。己だって後ろめたい仕事をする事はあるが、それでも自分の信じる正道を歩んでいるつもりだ。暗殺や復讐のように、未来のない暗い仕事はしていない。それだけを考えながら、生きていくのはきっと辛い。  ルイスを、助けたい。  そう強く思い、ワルツは自分の思考に微苦笑してから、より強くルイスを抱き寄せた。  
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