3 / 4

第3話

 その日から、暇さえあれば、ワルツはルイスのそばにいるようになった。なってしまった。これは暗殺には都合がいいのだが、人目を気にせず抱き寄せられ、愛の言葉を囁かれると、はっきりいってルイスは照れてしまって、自分の方が隙だらけになってしまう。 「ルイス、今日こそ私の求愛に答えてくれないか?」 「……ワルツ副団長」  この日、ルイスは聞いて確認することにした。 「ほ、本当に俺のことが好きなんですか……?」 「ああ、何度も告げたとおりだ」 「……、……」  もう、ルイスも己がワルツに恋をしている自覚があった。だが、手を下さないわけにはいかない。葛藤が押し寄せてくる。恋に現を抜かしている場合ではない。  けれど――一度くらい、好きな相手と体を重ねてみるのは、いいのではないか。  最近、ルイスの中には、この考えが浮かぶ。朱い顔をしたルイスが、チラリとワルツを見上げる。 「今日……ワルツ副団長の夜のご予定は?」 「特に。ルイスのためならば、空けるが? どうかしたか? ん?」  微笑しているワルツを見て、唾液を嚥下してから、ルイスは決意をした。 「まだ……寮のお部屋に伺ってもいいというお話は、有効ですか?」 「!」  するとワルツが目を見開いた。それから、実に嬉しそうに破顔した。 「勿論だ。ただ、何もせずにはきっと帰せない」 「……魔導具シャワーを、浴びてから行きます」  ルイスはそれだけ告げると、我ながら恥ずかしくなってしまい、走った。そして仕事が終わるまで、終始そわそわしてから、勤務終了後に自分の寮の部屋へと戻り、魔導具シャワーを浴びて、全身を清めた。泡で念入りに、体を洗う。  今日、自分は、ワルツ副団長に抱かれるの、か、と、ガチガチに緊張しながら、何度も体を洗った。  そして私服に着替えて、ワルツの部屋へと向かう。  控えめにノックをすると、低音の声で、『入ってくれ』と声が返ってきた。  いよいよ緊張しながら中へと入る。  すると優しい顔をしたワルツが出迎え、両腕ですぐにルイスを抱きしめた。その温もりに、もう殺すのなどきっと無理だと思いながら――ならば、ああ、猫を殺そうとしていたのはきっと正解で、己のことも物置にいたのに気づいていたのだから見逃さずに殺してくれたらよかったじゃないかと考える。  その時顎を持ち上げられて、唇に唇で触れられた。次第に口づけは深さを増していき、舌を絡め取られて、口腔を嬲られる。口が離れた頃には、ルイスは必死で息をしていた。  こうして情事が始まった。 「愛している。ずっと、ルイスが欲しかったんだ」 「ンぁ……」  ワルツの巨大な剛直が、ルイスの窄まりから押し入ってくる。十分に解された内壁だが、それでもまだきつい。擦るように抽送され、それは次第に深度を増していく。 「あ、あ、あ」  ワルツが動く度に、ルイスの口からは嬌声が零れる。 「んぁ……は……っひゃ、ぁぁ……あ!」  膝をつき、猫のような体勢になったルイスの腰を掴み、バックからワルツが貫いている。次第にその動きは早さを増していき、肌と肌がぶつかる音が響き始める。 「あ、ぁ……あア! ひゃっ……深い、ぁ……ああ!」  ワルツの巨大な陰茎が何度も、ルイスの中を暴く。そしてじっとりとルイスの肌が汗ばみ、髪が肌に張り付いてきた頃、ワルツが掠れた声で言った。 「出すぞ」  ワルツはそう言って一際強く打ち付けながら、ルイスの前を手で扱く。 「ンあ――!」  その衝撃で、ルイスは射精し、ぐったりとベッドに沈み込んだ。  ――気持ちがよかった。  事後、そう考えながらルイスは、隣に寝転んだワルツの顔を見る。ワルツはルイスの体を手際よく清めてから、魔導具シャワーを浴びて出てきたところだ。 「ルイス、動けるか? 無理をさせたな」 「平気です」  実際、体は重いが、ワルツと一つになれたことが嬉しくて、その歓喜の感情が勝り、ルイスは平気だと思った。するとルイスの髪を撫でたワルツが、ふと窓の外を見た。 「では、少し外に出ないか? 夜の庭園にも興味がある」 「はい」  頷き、ルイスは外へと出た。二人で手を繋いで歩く。ルイスは、己の服にいくつも隠してあるナイフや暗器のことを後ろめたく思いながらも、手を離せないでいた。  たどり着いたのは、最初の猫と会った巨木の前。  二人で立ち止まる。するとワルツが、真っ直ぐに前を見たままで言った。 「ルイス」 「なんです?」 「まだ、私を殺すつもりか?」  優しく柔らかい声だった。だが、ルイスはその声に飛び退いた。距離を取る。すると幹を背に、ゆったりとワルツが振り返る。真正面から対峙したルイスは、咄嗟にナイフを取り出しながら、気づかれていたことを悟り、険しい顔をする。 「ご存じだったんですね、全て」 「そうなるな」 「俺に愛を囁いたのも、俺を抱いたのも、全ては俺を抹殺するためですか?」 「それは、違う。ルイス、俺は、ルイスと本当に共に生きたい。二人で、日の下を歩みたい。だから、これからも一緒に居て欲しい」 「あんたに日の下を歩く権利なんてない。人殺しが。っは、俺も大概そうだけどな、あんたみたいな鬼畜……絶対に俺、は」  ルイスがナイフを振りかぶる。  しかしその表情には、悲愴が宿っている。とても悲しそうな瞳、震えている手。  ああ、ダメだ、と。ルイスは観念した。やっぱり、殺すのはもう無理だ。つい、からんとナイフを取り落とす。すると一歩前へとワルツが出てきたので、ルイスは後ずさった。しかしワルツが距離を詰めてくる。途中でナイフを拾ったワルツは、それを片手でくるりと回した。久しぶりにルイスは、無表情のワルツを見た。  ワルツが地を蹴る。  ルイスは覚悟した。もう――これでいい。愛する人の手にかかって死ねるのだから、それは幸せなことだ。本当はとっくに鬼籍に入っているはずだった命だ。そして自分は大勢を手にかけた。静かに双眸を伏せたルイスが、俯く。ワルツが走る気配がした。  ナイフを刺される痛みとは、一体どんな感じなのだろうか。 「!」  だが直後、予想外のことが起きたものだから、ルイスは信じられなくて目を見開いた。ぎゅっと自分を抱きしめる逞しい腕、先ほど知った体温、石鹸の良い香り、これ、は。  ルイスは、ワルツに抱きしめられていた。 「なっ」 「愛している。だから、俺と共に生きてくれ。暗殺を諦めてくれ」 「……っ、でも、俺はもう戻れない。もう、俺はたくさんの罪を犯して……」 「それは仕事だったとはいえ、俺もまた同じことだ。たとえば、ルイスの家族を俺は殺めた。きっとルイスは知らないだろうが、ルイスのご両親は罪人だが、それが露見する前に体裁を整えた。とはいえ、ルイスの兄を殺害する必要は無かった。たとえ、禍根が残るとしても」 「罪人……?」  ルイスが目を丸くすると、ワルツが頷き、真実をルイスに語って聞かせる。ルイスは目眩を覚えた。それじゃあ、今までの自分の人生は――無意味だ。復讐は、無意味だ。正しいのは、ワルツ達であり……もう、知っている。ワルツはこういう嘘をつく人間ではない。同時に、真実を無意味に秘匿することもしない。 「……そう……だったのか。ハハ、なぁ、ワルツ副団長。俺は……俺の人生は、無意味だったんだな。そもそも副団長を暗殺しようとしたなんて、大罪人だ。この場で、手を下してくれ。ああ、本当に俺は、無意味だったんだなぁ……」 「そんなことはない。俺は、ルイスに救われた」 「俺……に?」 「猫を癒やしてくれた時、俺の心も同時に癒やされた気がした。それから俺は――おまえに恋をした。ルイス、大切にする。だから、一緒に生きよう」  ワルツの腕に、より力がこもる。すると、ルイスの双眸から、ぽろぽろと涙が溢れた。そして気づくと、ごく小さく頷いていた。

ともだちにシェアしよう!