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「……もう新しい名前になってんのかよ」
春休みはもう残り一週間。同室のヤツが部屋変えを希望して出て行ったのが昨日。朝のランニングから帰ってきたらいつの間にかネームプレートは付け替えられて、見慣れない名前に変わっている。『星野ゆき』は同学年でも先輩でも見たことがないから、おそらく新入生だろう。入ってすぐに俺と同じ部屋なんて可哀想に。
「あ、あのっ……この部屋の方ですか?」
「……そうだけど。星野くん?」
「はいっ。星野ゆきです、よろしくお願いします」
ドアを開ける寸前に後ろから声がかけられる。部屋に戻るときに台車を使って荷物を運んできていた少年を見かけたが、どうやら彼が同室の一年生だったようだ。
「2年の菱川侑威 です。苗字を呼ばれるの嫌いだから、下の名前の方でもいいし、好きにして」
「わかりました! 侑威さん、よろしくお願いします」
あまりにも小さい身体で深々と頭を上げる星野。日焼けをしていない真っ白い肌に、元々色の薄そうな茶色い髪の毛が差し込んできた陽の光に照らされて輝いている。その姿がよく見知った顔の面影と重なって、奥歯を噛み締める。
「……あぁ、よろしく」
今返せる言葉の精一杯を口から吐いて、ドアを開けて振り向かずに中に入る。星野は台車でドアご閉まるのを止めながら、せっせと荷物の入った段ボールを運んでいた。
「俺、左の方の部屋使ってるから……星野は右使えよ」
「ありがとうございます! すごい、部屋の中にちゃんと個室もあるんですよね」
星野は目を輝かせながら部屋の中をぐるっと見渡していた。
寮の部屋の中は2人部屋で、必ずアルファとオメガが同室になるように組まれている。同室でも個人のプライバシーを守るためと、万が一でも事故で番わないようにと内から鍵がかけられる個室がついていた。それに、オメガは身を守るために学園支給のチョーカーも配られる。自分が今まで使っていたものでも支給品でも良いからつけることが義務付けられていた。例に漏れず星野の首にも真っ黒なレザーのチョーカーがつけられていた。
「……キッチンにいるから、なんかあれば呼べよ」
「はいっ。すみません、先輩に気を使わせてしまって」
ランニング後の腹ごしらえのためにキッチンに立っていると、星野は往復しながら荷物を運び込んでいた。明らかに重そうなものでも、文句も言わずに運び続けていた。同室のよしみで最初くらいは手伝ってもいいかと思っていたが、星野は結局息を切らしながらも1人で終えようとしている。たったの数往復で疲れの滲む横顔。一通り段ボールを運び終わると「台車置いてきます」とヘロヘロの声が聞こえてきた。
「……大丈夫か、あいつ」
頼りのない小さな背中を思い出して、帰ってきたら労うためにコップにお茶を注いだ。
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