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第3話
日が傾くにつれて、うだるような暑さは和らぐけれど、それでも蒸し蒸しと湿った空気が辺りを取り巻いている。
静かな住宅街にある、信号のない交差点。辺りには古い一軒家や新築マンションが混在して建ち並んでいる。
車の通行量も少なく、人通りもけっして多くはない。昨日はここで子どもが亡くなっていたなんて、信じがたいぐらいに普段は穏やかな場所なんだろうと思う。
もう警察の規制線は張られていない。代わりに、マスコミと思しき人たちが見張りのようにあちこちに立っている。こちらにカメラが向けられていないのは、もう必要な絵は撮っているからかもしれない。
女の子が倒れていたであろう場所に、簡易の献花台が設けられていた。折りたたみ式の長机に花束やお菓子が所狭しと供えられている。
僕は最寄りの駅前で買った小さな花束をそこに置いて手を合わせる。
面識のない子どもだ。けれど幼くして命を落としたことは本当に不憫だと思う。
──不意に、自転車のスタンドを立てる音が耳に入ってきた。
閉じていた目を開くと、僕の隣に見知らぬ女の人が立っていた。年の頃は50歳代ぐらいだろうか。通りがかりに手を合わせるその姿はカジュアルな服装で、きっと近所の人なんだろうなと思う。
「気の毒にね」
ぽつりと呟かれた言葉に僕は頷く。
「そうですね。本当に」
じわりと額に滲んだ汗を拭う。彼女は僕をちらりと見て、おもむろに口を開いた。
「私、昨日偶然買い物帰りに通りがかって、この子が救急車で運ばれるところを見たのよ。人だかりがすごくて、もう大騒ぎで」
「そうなんですか」
やっぱり近くに住む人だったんだ。
テレビに映るような出来事を目撃して、誰かに話したいと思うのは自然なことだ。明らかにマスコミでも警察でもない通りすがりの僕は、この人にとって格好の話し相手だったのかもしれない。
「この子、花火を持っていたの。お店のレジ袋に入ってて。それがこの子の横に転がってて、きっと一人で買いに行った帰りだったんでしょうね。傍に誰もいなかったから。親御さんもこんなことになって気の毒だと思うけど、どうしてこんな小さな子をお使いに行かせたのかしら」
──花火。
相槌を打つのも忘れて、僕は風に揺れる白い花弁をじっと見つめる。
僕が欲しい答えは、もしかするとそこにあるかもしれない。
その夜、いくら待ってもセイちゃんは家に帰って来なかった。
翌日、夕方のニュースにチャンネルを切り替えようと思ったのは、あの女の子のことを知りたかったからだ。
家でひとり手持ち無沙汰にしていた僕は、目の前の画面に見入ってしまう。
アナウンサーが原稿を読み上げる背後に、幼い女の子の顔が大きく映し出された。その下に表示された『佐塚彩ちゃん(6)』のテロップに目を走らせる。
目が大きくてかわいい顔立ちの女の子だ。屈託のない笑顔が、無邪気で愛らしい。
その次の場面には、警察官に連行される男女が映し出される。
『──佐塚彩ちゃん六歳が死亡していた事件で、司法解剖の結果、頭部を殴られたことによる外傷が原因で死亡していたことがわかりました』
ああ、事故ではなく事件だったんだ。
セイちゃんが聞いたこの子の真実を、アナウンサーが淡々と世間に伝えていく。
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