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第5話
夏草の生い茂った庭に、ささやかな夜風が吹く。頰をそっと撫でる空気は涼しい。
この庭はいい加減手入れしなければいけないのだろうけれど、できればセイちゃんと一緒にしたかった。
いろんなことを、これから二人で経験していきたいと思うから。
庭の片隅にあったブリキのバケツに半分ほど水を張って、上蓋をくり貫いた空き缶に蝋燭を立てて火をつける。子どもの頃にもこうしていたことを思い出しながら。
「……懐かしいな」
そう言ってセイちゃんは目を細める。その脳裏にはどんな光景が描かれているのだろう。
もしかするとそれは、この家でご両親と過ごした記憶かもしれない。
縁側に座り込んで、僕たちはパッケージから取り出したカラフルな花火に着火していく。
「きれいだね」
パチパチと音を立てて飛び散る火花を見ながら、僕はセイちゃんの顔をそっと確認する。その柔らかな表情にほんの少し安堵を覚えた。
けれど花火はすぐに燃え尽きてしまった。思わず二人で顔を見合わせる。
「こんなに早く終わったかな」
「子どもの頃はもっと長く感じたけどね」
いつからだろう。子どもだった頃よりも、いろんなことが早く短く感じられるようになってしまったのは。
僕たちは童心に返り、この時間を楽しんでいた。矢継ぎ早に花火を着けているうちに、残数は着実に減ってきている。
特有のにおいがする煙に包まれながら、僕は他愛もない思い出を口にしていく。
火のついた花火でアスファルトに文字を書いたこと。昨年に残した花火を使おうとしたら湿気てしまって火が着かなかったこと。近所の友達と火の着いた花火を持って走り回り、親に叱られたこと。
「セイちゃんは、こうして誰かと二人で花火をしたことがある?」
さりげなく聞こえるようにそう尋ねれば、きれいな二重瞼の目を見開いて呆れたように答えてくれた。
「ないよ。ノアは俺がそんなにモテると思ってるのか」
「思ってるよ。だって僕はセイちゃんが大好きだから」
ストレートに告白すると、僕の彼氏は照れたように笑う。
「同期には死体と結婚したって言われてるぐらいだぞ」
セイちゃんは今年三十五歳になる。けれど、どうやら今までの交際相手は片手で数えるほどもいないらしい。
最高の男の人だと思うのに、どうしてだろう。外見も颯爽としているし、誠実で朴訥としていて、とても真面目だ。猫と必死に遊んでいる姿や寝起きで付いてしまった寝癖なんて最高にかわいい。みんなに見る目がないと腹立たしく感じる反面、セイちゃんの魅力は僕だけが知っていればいいとも思う。
「あのさ、ノア」
不意にそう切り出されたから、僕は花火から目を離して顔を上げる。セイちゃんは真剣な表情で蝋燭の炎を見つめていた。
「昨日は、六歳の女の子だったんだ」
「うん。佐塚彩ちゃんだね」
僕の言葉にセイちゃんが頷く。僕が法医学教室のことをとても気にしていることに、セイちゃんは気づいている。けれどこうしてはっきりと仕事の話をしてくれたのは、これが初めてだった。
「あの子が倒れていた場所を映す防犯カメラを警察が調べたんだけど、あの場所で交通事故に遭ったり何らかの事件に巻き込まれたりという様子がなくてね。あの子が一人で歩いていて、急にぱたりと倒れた画像が確認できた」
うん、と相づちを打つ。いつのまにか、手元の花火は消えてしまっていた。燃え殻をバケツに入れて、僕は少しずつセイちゃんと距離を詰めていく。
「あの子の死因は外傷性の脳腫脹だった。それも、地面のような平らなところで頭を打ったんじゃない。角のあるもので頭を打ったことで、頭蓋骨を骨折していた。体には多数の打撲痕が認められた。致命傷を負ったのは死亡推定時刻の三十分前で、脳腫脹の症状が出るまで少し時間が掛かった。家を出たときはまだ歩けるぐらいだったんだろうね」
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