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第19話 推し作家の神作品と最推し
しばらくして、秘果が大きな籠に載せた大量の何かを持ってきた。
心惟の前に、どんと置いた。
「処分しきれなかった凶玉だ。これだけあれば、足りるだろう」
「これは良い! 良いな!」
歓喜の表情で、心惟がまるで菓子でも貪るように喰い始めた。
蜜梨は、どっさりと詰まれた凶玉を一つ、手に取った。
親指と人差し指でかろうじて摘まめる程度の、小さな玉だ。
「一個一個は、かなり小さい。饕餮の凶玉は大きかったよね?」
蜜梨の中にあった饕餮の凶玉は、心臓くらいの大きさはあったと思う。
「凶玉の大きさは力の大きさに比例するんだ。その場で祓い切れれば塵にできるんだけどね。払い切れなかった分は、玉になる。放置すると大きくなってまた別の凶になるから、持って帰って来て少しずつ処分するんだよ」
話しながら、秘果が小さな凶玉を数個、掌に載せる。
白い神力が包んで、凶玉が消えた。
「浄化は一瞬なんだけどね。現世で処理しきれなかった分を持って帰ってきたりもするから、溜まる時は溜まるんだ」
「現世に行ったりもするんだね」
自分で話して、はたと思った。
神獣も瑞獣も滅多に現れないから、瑞祥と呼ばれる。
普段は桃源にいて、必要な時だけ現世に降りるものなんだろう。
(そういうのがレアな目撃例として、神話とかに残ったりするのか)
吉兆のからくりが分かった気がして、妙に納得した。
「これって、現世の分だけ? 桃源の分もあるの?」
現世より少ないが、桃源にも凶はいると心惟が話していた。
そういうのも、秘果たち竜が退治したりするんだろう。
「こういう小粒なのは、ほとんど現世の分かな。現世ほど多くなくても、桃源には力が強い凶が多くてね。いわゆる悪神みたいに、元は神様の凶とかね」
秘果の目が心惟に向く。
心惟は嬉しそうに凶玉にがっついている。
「え? まさか心惟って元は神様……」
「桃源の凶より貧弱だが、現世の凶は量が多くて良いな。桃源の凶は力も強く|質《たち》が悪くて、美味い。できれば、そっちを喰いたい」
どんな賛辞だ、と突っ込みたくなる。
凶悪なほうが饕餮的には美味いらしい。
「残っている凶玉があるなら、総て私に寄越せ。余さず喰らってやる」
秘果が息を吐きながら、心惟を睨んだ。
「お前に食わせすぎて蜜梨ちゃんに害になったら事だ。空腹を満たす程度に出してやる」
「なるほど。つまり、まだ浄化しきれず持て余している凶が残っているわけだ」
心惟の得意げな顔に、秘果が言葉を飲み込んだ。
「凶玉は放置すれば新たな凶の元になり、膨れ上がる。本来、放置はすまい。今の五竜は凶玉の浄化も出来ぬほど、無能なのか?」
「お前の知る三百年前とは違う。竜は五色揃って、育ってる。忙しいだけだ」
秘果が苛立たし気に吐き捨てた。
心惟の目が、秘果の表情を見詰めた。
「ほぅ。三百年前とは違う凶でも生じたか。四凶はそうそう騒ぎもせんだろうが、四罪でも動いたか」
「お前には教えない」
秘果が、ぷぃっとそっぽを向いた。
心惟と話している時の秘果は終止不機嫌だ。
ハラハラするが、蜜梨には見せない顔を見られるから、ちょっとお得感もある。
「四罪って、四凶と同じくらい悪い、邪神的な?」
「覚えているのか? 蜜梨」
心惟に問われて、蜜梨は首を振った。
「現世の知識だよ。俺、ファンタジー系BL好きだから」
「そういえば、そういう漫画を読んでいたな。あれは確か、主人公の人間が受けで相棒の竜が攻めだった……」
「そういう説明、いらないから! いいから、お前は凶玉、喰ってろよ!」
恥ずかしさのあまり、心惟の口に凶玉を突っ込んだ。
大好きだった和風ファンタジーBLに登場する攻めの竜は、秘果に条件が酷似している。
(あの攻め、性格とか、イケメン度合いとか秘果さんに似すぎてて。その上、本当に秘果さんが竜とか洒落になんない。まるで記憶がない俺が、秘果さんを漫画の中に探したみたいなんだよ!)
偶然、知り合った泣き虫の少年と友好を深めた主人公の術師は、大人になって彼と再会する。
昔とは別人のようなイケメンに成長した彼が実は竜で、バディを組んで妖怪を退治するブロマンスBLだ。
「蜜梨は大好きで何度も読んでいたなぁ。攻めの竜のイラストも良く描いていただろう。お前が何度も読むから私は飽きたが、今思えば秘果にそっくり……むぐ」
蜜梨は無言で心惟の口に凶玉を纏めて突っ込んだ。
恐る恐る秘果を振りかえる。
秘果が俯きがちに顔を赤らめていた。
「その漫画、知ってる。猫又先生の『龍神と呪禁師』だよね。現世で会った時も、何回か話してるよ。俺が蜜梨ちゃんをSNSで見付けた、きっかけ」
「そう……だった、ね」
言われてみればそうだった。
秘果が最初に「いいね」をくれたのが、蜜梨が描いた攻めの竜である『胡伯』のファンアートだった。
「色んな漫画や小説を貪り読んでいたが、蜜梨はダントツで『胡伯』が好きだったぞ」
「だから、話し過ぎだからぁ」
心惟が、ぼりぼりと凶玉をスナック菓子のように貪りながら、ぽそっと零した。
蜜梨は半泣き状態で心惟の袖を引いた。
「……凶玉、食うなら持ってくる」
秘果が紅い顔を隠しながら、小さく零した。
「え? あんまり食べさせ過ぎちゃ、ダメでしょ? 俺と秘果さんの神力で祓える程度にしないと!」
突然デレた秘果に思わずツッコんだ。
空腹を満たす程度しか与えないと話していたばかりだ。
「この籠程度なら、十は喰って問題なかろう。それ以上に、麒麟の邸宅に凶玉が保管されているほうが問題だ。そうだろう?」
頬に赤みを残したまま、秘果がぐっと言葉を飲んだ。
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