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第23話 宝物部屋

 秘果がベッドの上に蜜梨を降ろした。 「体調は大丈夫? もう歩けそう?」  蜜梨は立ち上がって自分の足を確認した。  とんとんと、床を踏みつけて足の力を確認する。 「うん、大丈夫。歩けそうだし、力も戻った」 「じゃぁ、奥の間に案内するね」 「奥の間?」  首を傾げる蜜梨の手を秘果が引く。  ベッドの奥にある小さな引き戸の前に蜜梨を連れて行った。 「開けてみて」  促されて、扉を開ける。  その向こうには、見慣れた景色が広がっていた。  現世の狭い部屋では収まりきらなかった小さな本棚ではない、もっと広々と背の高い本棚に、蜜梨がこれまで買い集めた戦利品たちが並べられている。 「え……、うそ、これ……」  吸い込まれるように部屋に入って、導かれるように手に取った。  血反吐を吐く思いで壁サに並んで手に入れた薄い本も、刺さる視線を乗り越えてレジまで通過した商業誌も。  大好きな猫又先生の『龍神と呪禁師』の攻め胡伯ぬい(シリアルナンバー入り:№52)も、無傷で保護されている。 「部屋が水浸しになって、全部水没したはずなのに……」  本もぬいも汚れすらない状態で、蜜梨の目の前にある。 「蜜梨ちゃんが桃源に戻ったからね。現世での蜜梨ちゃんの痕跡は全部、消さないといけなかったんだ。だからその時にね、宝物だけは保護できるように、慶寿様にお願いしてみたんだよ」  人間ではない蜜梨が、本来あるべき世界に戻ったから、現世で生きた軌跡を全部消す、というのはファンタジー小説などでよくある話だ。  関わった人たちに忘れ去られるのは悲しいが、蜜梨が覚えていればいい。  そもそも、その程度の人付き合いしかしていない。  それよりも何よりも、戦利品たちが無事で、今手元にあることのほうが、蜜梨としては奇跡だ。 「水害前の状態に、責任持って戻したよ。元々、あれは俺のせいだから、最初からそうするつもりだったんだ」  うるうるに潤んだ嬉し泣き状態で、蜜梨は秘果を振り返った。  秘果の胸に自分から飛び込んだ。 「秘果さん、ありがとう。俺の宝物、桃源に持ってきてくれて、ありがと。俺もう現世に未練ない。永遠に桃源で生きられる」  秘果の腕が迷いなく蜜梨を抱き返した。 「同じ腐男子として、宝物が無くなる辛さはわかるからね」 「秘果さんて、俺に合わせて腐男子しててくれたんじゃないの? 本当に腐男子なの?」  がばっと顔を上げる。  てっきり、蜜梨を桃源に連れ戻すために趣味を合わせてくれたのかと思っていた。 「最初はそうだったけどね。読んでるうちにハマっちゃった。元々男同士の恋愛は俺には普通だし、恋愛もの読んでる感覚でしかなかったよ。……エロいの多いなとは、思ったけど」 「そうね、そうだね。エロいね」  BLは性描写が多めのハードエロが多いというか、蜜梨の好みだったりもするから、致し方ない。 「だからBLは俺にとってファンタジーじゃないよ。蜜梨ちゃんと結婚して、子作りする気満々だからね」  秘果の目が急に雄みを帯びた。  笑んだ瞳が近付いて、唇を吸われる。 「ん……、ぁっ……、はぁ……」  あっという間に口内に侵入した舌が、舌に絡んで、深いキスをされた。  熱くて甘くて、頭がくらくらする。 「子供、産めちゃうの? 俺、オメガなの?」  潤んだ瞳で秘果を見上げる。  蜜梨を取り巻くリアルファンタジーに、いつの間にバース設定が追加されたのか。  なんて、阿保なことを考えた。 「竜に見初められた番は子を孕める。導仙になれば尚のこと、可能性は高くなる。オメガじゃなくても、産めちゃうよ」  秘果の唇が、蜜梨の耳を食んでその後ろに口付けた。  導仙の印がある場所が、疼く。 (俺、やっぱり、秘果さんが好きなんだ。好きって思うし、言いたい)  結婚すると言われても、子作りすると言われても、否定する気は起きない。  むしろ嬉しいし、一緒に頑張ろうと思う。  それくらいには、秘果が好きだ。 (でも、好きって言葉を、秘果さんに伝えられない。どうしても、言えない)  胸に痞える蟠りを払しょくできないし、見てみぬ振りも出来ない。 (秘果さんが望まない過去を掘り下げるのは、俺の我儘なのかな。知らないほうが、幸せなのかな)  胸のモヤモヤを無視して、秘果に好きだと伝えるのが正解なんだろうか。  わからないまま、蜜梨は秘果に腕を伸ばした。背中に腕を絡めて、体に抱き付く。 「秘果さん、俺……。この先もずっと、一緒にいたい」  今は、その言葉が精いっぱいだった。  秘果が優しく蜜梨の体を抱き返した。 「それだけ? 他に、俺への想いはくれないの?」  胸の奥が締まって、苦しくなった。  こんな風に秘果から直に言葉を催促されたのは、初めてだ。 (好きって、言いたい。言えるだけの気持ちなら、あるのに)  蜜梨は秘果の胸に顔を埋めた。 「今は、まだ。これ以上は、言えない」  自分が納得できないのに、無責任な言葉を告げるのは嫌だった。 「……三百年前と、同じ言葉を言うんだね。そっか。まだ、ダメか。」 「え……?」  小さく零れた声に、秘果の顔を振り返る。  頬に口付けられた。 「蜜梨ちゃんのペースで俺を好きになってくれたらいい。俺を諦めないでいてくれたらいい。蜜梨ちゃんの隣で、ずっと待ってるから」  背の高い秘果が、蜜梨の肩に顔を埋めた。 「今度は、間違わない。もう手放したりしない。蜜梨ちゃんが俺を好きと言えるまで、絶対に離さないよ」  秘果の腕が強さを増して、近い体を更に引き寄せる。  ぴたりと張り付いた体から、秘果の鼓動が流れ込む。  まるで泣いているようで、蜜梨も抱く腕を強めた。

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