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第24話 怖い夢
真っ暗な闇の中に、水が滴る音だけが鮮明に響く。
何の気配もない。静かで、孤独な場所だ。
『――――つり、みつり、蜜梨』
誰かの呼ぶ声がする。
初めて聞く声なのに、知っている気がする。
『早く私に会いにおいで』
誘う声を薄ら怖いと感じた。
この声に囚われたら、逃げられない。
本能が感じ取る。
『お前の居場所は、そこじゃない。早く私の元に、戻っておいで』
声しかしないのに摑まりそうで、蜜梨は必死に逃げた。
どこに逃げているのかも、足が動いているのかさえ、わからない。
けれど、必死に逃げた。
絶対に捕まりたくなかった。
(嫌だ、もう二度と、声を聴きたくない。顔を見たくない。触れたくない。怖い、怖い!)
恐怖心に飲まれそうになりながら逃げる。
逃げながら、頭に幼い秘果の顔が過った。
(秘果を、守らなきゃ。俺が秘果を助けなきゃ)
走る足が速度を落として、止まった。
(俺が逃げたら、秘果が食われる)
立ち尽くしていた蜜梨は、声のほうに顔を向けた。
伸びてきた見えない手を、避けずに受け入れる。
――――――バチン。
太い何かが断ち切れる音がした。
見えない手の気配が消えた。
蜜梨の中の恐怖心が静まっていく。
『蜜梨ちゃん、蜜梨ちゃん――――――――!』
聞き慣れた秘果の声がして、蜜梨は無意識に手を伸ばした。
(そっちに行きたい。俺は今の蜜梨のままで、今の秘果の側にいたい)
明るい光から、秘果の神力を感じる。
蜜梨は必死に秘果の手を探した。
「蜜梨ちゃん! 起きて、起きて!」
目を開けたら、いつもの秘果の顔が目の前に会った。
「あれ? 秘果、さん?」
ぼんやりした目に移り込んだのは、秘果と自分の部屋だ。
秘果が心配しきりな顔で蜜梨を見詰めていた。
「気分、悪くない? どこか怪我してない? 体の中に何か、仕込まれていないよね?」
秘果が必死に蜜梨の頬を撫でて、額にキスする。
神力を流し込んでくれていた。
「問題なかろう。異物があれば私が喰らう。食えるような痕跡はなさそうだ」
秘果の反対側の隣から心惟の声がした。
蜜梨の隣に横になって、蜜梨の胸に手を当てている。
いつの間にか秘果と心惟に挟まれて寝ていたらしい。
まだ頭がぼんやりして、眠気が思考を鈍らせる。
「なんか、怖い夢、みた。怖かったけど、秘果さんの声が聴こえたから、逃げられた」
「蜜梨ちゃん……」
彷徨う手が秘果の手を見付けて握る。
探していた温もりを実感できて、やっと気持ちが落ち着いた。
安心したら、また眠くなって蜜梨は目を閉じた。
「え? 蜜梨ちゃん!」
「眠らせてやれ。無駄なつながりはまた、断ち切ってやる」
心惟の言葉に、秘果が蜜梨の隣に潜り込んだ。
握った手を強く掴み直して、秘果が蜜梨に身を寄せた。
「気を付けて隠していたのに、こんなに早く見付かるなんて」
秘果の悔しそうな声が聴こえる。
「頃合いだろう。充分、持ったほうだ。その間に蜜梨の神力も戻せただろう」
心惟の手が蜜梨の胸を撫でた。
その手つきが優しくて気持ちいい。
二人が何の話をしているかわからない。聞きたいのに、眠くて話せない。目が開けられない。
「……心惟、前に話した契約の変更、する気はあるか」
「構わんぞ。私にとり、都合の良い提案だ。蹴る意味がない」
「契約内容を一部変更する。蜜梨ちゃんを守っている間は、お前を浄化しない」
「相分かった。しばらくは、お前たちに都合よく使われてやろう」
契約の変更とは、なんだろうか。
いつの間に秘果は、蜜梨の知らない契約を心惟と交わしていたのだろか。
「桃源が揺れる。準備をしておけ。三百年前に止まった時間が、動き出すぞ」
心惟が不穏な言葉を吐いた。
恐ろしいと思うのに、不安はなかった。
両隣で挟み込んでくれる秘果と心惟の熱が温かくて、蜜梨はいつの間にかまた眠りに落ちていた。
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