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第25話 慶寿の番

 昨日は何か、怖い夢を見た気がする。  内容はよく覚えていない。秘果と心惟が助けてくれた気がする。  恐らく、その感覚は間違っていない。  何故なら目が覚めた時、蜜梨の両隣に秘果と心惟が寝ていたからだ。 (男三人、川の字というより、ぴったりくっついて寝てたんだよね)  秘果はともかく、心惟も蜜梨に隙間なく、くっ付いていた。  ちょっと変な気分だ。 (普段は俺の中にいるんだし、くっ付くくらいなんてことないんだろうけど)  くっ付くというより、抱きかかえられていた。  心惟がわざわざ姿を現して蜜梨の隣で寝ているのなんか、初めてだ。  しかも、秘果がそれを咎めなかった。  それが何より、変だと思った。 「何かあったの? って聞いても、教えてくれないし。二人とも俺に隠し事、多すぎ」  それはきっと、蜜梨を守るための沈黙で、二人が隠したい事実なんだろう。  優しさだと、理解できる。それでも不満だ。 「これから一緒に生きていくなら、過去だって、今だって、向き合わなきゃいけない。そうじゃなきゃ、きっとまた……」  秘果を危険に晒す。  何も思い出せないのに、それだけは、はっきりわかる。 「それだけは、絶対に嫌なんだ」  開いた手を強く握りしめて、蜜梨は慶寿の元に向かった。  慶寿の部屋は別棟にある。  ほぼ一棟が慶寿の私室と仕事部屋に宛がわれていた。  この棟に一人で来るのは、初めてだ。 (しかもアポなし。叱られるかな)  曲がりなりにも国の統治者の私室だ。  仕事中だったら戻ろう。などと考えながら、蜜梨は棟の扉を潜った。 『蜜梨かな? 一人とは珍しいね。私に用かい?』  どこからともなく慶寿の声がして、蜜梨は周囲をキョロキョロした。  廊下には誰もいないし、気配もない。 「あの……、突然、すみません。慶寿様にお話があって……、聞きたいこともあって、きました」  慶寿が笑った気配がした。 『秘果に内緒で来たのかい? 後で恨み言を吐かれそうだね』  秘密にしてきたし、秘果なら本当に恨み言くらい言いそうで、何も言えない。 『いいよ、二人で内緒話をしよう。私の部屋においで』  目の前に金色の光が燈る。  光がフワフワと廊下を泳いでいく。  蜜梨はその後ろを付いていった。  棟の奥の大きな扉に光が吸い込まれた。  扉が自然と開き、蜜梨を誘う。  中に入ると、ふわりと香が薫った。 「こちらだよ、蜜梨」  声のほうを振り返る。  部屋の奥に置かれた大きなベッドに、慶寿がいた。  天蓋の布が垂れ込めて、顔が見えない。 「ちょうど目が覚めたところでね。まだ動けないんだ。近くにおいで」  手招きされて、蜜梨はベッドに歩み寄った。  ベッドに横たわった慶寿がぼんやりと開いた目を上げた。 「お休みの所、すみません」 「休んでいたわけでは、ないんだよ」  慶寿の腕が伸びて、蜜梨をベッドに引き上げた。  ぽすん、と自然と慶寿の隣に横になった。 「桃源を広く見渡すには、体を眠らせて意識を飛ばすのが早い。私は桃源と繋がっているからね」  慶寿の手が蜜梨の髪を撫でる。くすぐったくて、温かい。 「桃源と……。慶寿様が桃源の一部ってことですか?」 「そうだね。私と、私の番だった瑞希もね」  慶寿の目が、枕元に向いた。  つられて蜜梨も同じほうに目を向けた。  ベッドサイドに、大事そうに置かれた大きな玉があった。 「それって、瑞玉ですか? 慶寿様の番は、もう……」  本来、瑞希の体内にあるべき瑞玉が、玉の状態でむき出しで置かれているのは、そういうことだ。   「先立たれてしまったんだ。今は、瑞玉の姿で私を助けてくれているよ」  慶寿の指が瑞玉を撫でる。  ふわりと柔らかな光が、瑞玉から漏れた。 「話はできなくても、こうして触れれば応えてくれる。それだけでも、私は嬉しいんだよ」  慶寿が柔らかく笑んだ。  本当に愛しているのだと思った。 「けれど、お別れが近いかな」 「どうしてですか? やっぱり、瑞玉の状態でいるのは、無理があるんですか?」 「そうだね。この状態自体が自然じゃない。瑞玉は瑞希の心臓、体と共に朽ちるが道理だ」  瑞玉が、光を落としたように見えた。 「それでも瑞玉として残ったのは、桃源に瑞希が不在だったからだ。しかし今は、蜜梨がいる」 「俺が、戻ってきたから、お別れが……」  蜜梨の唇を慶寿の指が押した。 「お前のせいではない。お前が戻ってきてくれたから、私の番は天に還れる。魂が心を取り戻すんだよ」 「魂が、心を取り戻す」  慶寿の言葉はどれも優しくてフワフワして、まるで夢の中で話しているみたいだ。

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