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第3話

*** 「黒崎くん、どれが良いですか?」 「え、…………ええっと……じゃあ……これで……」  中庭にある自販機の前で一誠にそう尋ねられ、遼はとっさに目の前にあった缶コーヒーを指差した。「コーヒーですね」と一誠は自販機のボタンを押すと出てきた缶を遼に渡す。  慣れた手つきでもう一度同じものを購入すると、そこに座りましょうとすぐそばにあるベンチに遼を誘導した。言われるがままに、ふたりで腰をかけた。 「…………ありがとうございます」  もはや何に対してのありがとうなのか、自分でもわからないほど迷惑をかけている自覚と罪悪感があった。それでも、まずその言葉を口にした。既にSHRが始まっている時間の今、校舎から登校した時のような騒がしさは消えている。   「いえ、気分はどうですか?」  一誠がコーヒーに口をつけるのを見て遼も同じ動作をしながら、質問の答えを考える。  パニックになって叫んでしまった後、校内から聞こえてくる全ての音が怖く、しばらくしゃがみ込んで目を瞑り耳を塞いでいた。  それからどれだけ時間が経ったのかわからなかったが、再び一誠に声をかけられた時には静まりかえった階段で遼と一誠だけがぽつんと残されていた。動けるかどうかだけ確認され、首を縦に振ると「気分転換しましょう」と提案され、教室には向かわずのぼってきた階段をくだり、案内されるがままこの中庭にやってきた。 「…………わかんないです」  教室に向かっていた時のような動悸や緊張は無くなったが、それはこの今の安心できる状況だからだとも感じる。もう大丈夫です元気になりました、と言い切ることは出来ないし、言い切ってしまったら嘘をついているような気がして、感じていることをそのまま口にした。  はっきりしない回答に呆れられるかと思ったが「そうですか」と答えた一誠の表情には呆れはなく、ただ遼の返答に納得している様子だった。  ───怒ったりため息をついたりしないんだな。  一誠の言葉や自分に対して行ってくれる行動のひとつひとつがコーヒーの温かさと共にじんわり体に染み込んでいくように感じる。  今までコーヒーを飲む習慣は全くなかったが、これから先はコーヒーを飲むたびに今日のこととこの温かさを思い出すような気がした。 「黒崎くん、この後どうしたいですか?」 「え……」  てっきり帰宅を促されるものだと思っていたため、一誠の問いの意味を理解するのに少し時間を要した。 「帰りたいということでしたら僕からお母さんに電話しますし、まだゆっくり休みたいなら保健室に案内します。最初の予定通り教室に行きたいと思うのであれば今から一緒に向かいましょう」 「……………………。」  学校まで送ってくれた母の顔を思い出す。帰宅を望めば一誠は怒ることなくその言葉通り母親に連絡をし、その連絡を受けた母親もすぐに迎えに来てくれるだろう。30分後には自宅という遼にとって最も安心できる場所に居られるかもしれない。 「…………教室でみんなと授業を受けたいです」  それでも、この瞬間を逃したら自分はずっとこのハードルを越えられないままかもしれない。  遼は顔を上げて一誠の顔を正面から見つめ返した。
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