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第4話
「今日からA組の一員になる黒崎遼くんです」
一誠と共に黒板の前に立ち、そう紹介される。
何か一言自己紹介的なことを言ったほうが良いのだろうと思ったが、自分を見つめる3人のクラスメイトの視線が刃のように感じ「よろしくお願いします……」と唇を震わせるのが今の遼には精一杯だった。
「黒崎くんの席は1番廊下側、紫賀 さんの隣です」
机は窓際から廊下側に横一列に並べられ、1番窓際から黒マスクの男子、ロングヘアの女子、男子の制服を着たポニーテールの生徒が座っていた。
登校時に出会った白上という生徒がいないことに少しホッとしつつ、遼は紫賀と呼ばれたポニーテールの生徒の隣の席にさっと座る。
「────では、連絡は以上です。今日の日直は───」
一誠の言葉に「はいはーい!私でーす!」とロングヘアの女子が手を挙げる。想像より大きい声に一瞬びくっとなったものの不思議と嫌な感じはしなかった。
「橙見 さんでしたね。では号令お願いします」
「はーい!きりーつ!」
橙見と呼ばれた生徒の掛け声にクラスメイトが立ち上がり、慌てて遼も同じ動作をした。
「れーい!ありがとうございましたー!」
「「ありがとうございましたー」」
日直を除いても自分を含め3人いるはずなのに、繰り返す挨拶が自分と隣からの声しか聞こえなかったことを一瞬疑問に感じたが、そんなことよりまずは流れを覚えないと…と思い直しクラスメイトの真似をして同じように頭を下げた。
***
時間割を確認しながら1時間目の科目の準備をしていると「ねえねえ!」と声をかけられ顔をあげる。ロングヘアの女子生徒が机を挟む形で目の前に立っていた。
「前はどこの学校に通ってたの?」
「え……〇〇高校……」
「へぇ、聞いたことないなあ」
「この地域の学校じゃない……俺、東京から引っ越してきたから……」
「東京!すごいねえ、私東京に行ったことないや」
引っ越しや転校の理由を聞かれたらどうしようかと思ったが女子生徒はそれを尋ねてくることはなく、かわりに「みんなは行ったことある!?東京!」と他のクラスメイトを会話に巻き込んだ。
黒マスクの男子生徒は首を横に振り、「ない」とポニーテールの生徒は短く答えた。
「亜希 、話もいいけど俺らまだ名前名乗ってなくね?」
ポニーテールの生徒の冷静な言葉に「そう言われればそうだった!」とロングヘアの女子生徒が大袈裟なリアクションをしそのままくるっと遼のほうへ向き直る。
「私、橙見亜希 !亜希って呼んでね!よろしく!」
よろしく、と遼が返答するよりも早く「あ、うちの学年みんな下の名前で呼びあってるんだけど下の名前で呼んでもいい!?」とさらに畳み掛けられ勢いにおされながらも首を縦に振った。
「俺は紫賀 サヤ。俺も下の名前で良いよ。これからよろしく、遼」
遼の隣の席のポニーテールの生徒が亜希に続いてそう自己紹介する。
声を聞いても男子か女子か判断つかなかったが、そんな遼の心を見透かしたように「一応言っとくけど女だから」と付け加えた。
家族以外に下の名前で呼ばれたのなんて久々だな……と考えながら亜希とサヤに「……よろしく……」と返す。
『俺は青江唯 。よろしく』
1番窓際に座っていた黒マスクの男子生徒もいつの間にかそばに来ていて、文字の書かれたメモ帳を遼に見せた。
「…………よろしく」
反応に戸惑ったものの亜希達と同じように返すとふわっとした微笑みが返ってくる。
────キーンコーンカーンコーン────……
教室の中に予鈴の音が響き渡り、亜希や唯がパタパタと席に戻っていく。
大きい予鈴の音もクラスメイトの視線ももう刃のように自分を攻撃するものには感じなかった。
“教室に入って同級生と同じ空間で過ごす“
たったそれだけのことでも、それが1年振りに出来たことで、説明会で荒木が言っていた『これから』がほんの少しだけ現実味を帯びたような気がした。
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