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第5話
「あ、遼のお弁当におかずが追加されてる〜」
「ああ、母さんが持っていけって……」
「おにぎり1個じゃ午後お腹空いちゃうもんね〜」
正面に座る亜希とそんな会話を交わしながら、遼は母親が作った弁当を口に運ぶ。
転校してから3回目の昼休み。
4時間目終了のチャイムが鳴ると同時にみんなで机を向かい合わせるという流れにも少しずつ慣れスムーズに動けるようになってきていた。
「私も今日はおやつも持ってきた」
亜希はそう言いながら大袋に入ったチョコをスクールバッグから取り出し、みんなで食べようと言いながら開けた袋を4つの机の中心に置く。
「はい、これ一誠先生の分」
窓際の少し離れた教員用の席でPCに向かい合っている一誠にもチョコを渡しに行った。
「ありがとうございます。気持ちだけ頂きます」
さらっと笑顔でかわされ「ダメだったー」としょんぼり席に戻る亜希に「いつものことじゃん。一誠先生が何かを受け取ったことないだろ」とその隣に座るサヤが大量の唐揚げが入った弁当をガツガツ食べながらなんてことない風に言う。遼の隣でサンドイッチを食べている唯も同意するようにうんうんと頷いた。亜希と一誠のやりとりよりもサヤの細い体のどこに成人男性2人分程の量の弁当が入るのかが遼にとっては1番の疑問だったが、口には出さなかった。
「そういえばさっき考えてたんだけどさ、この後みんなで遼に学校案内しない?」
「えっ」
急に話題の中心が自分になり戸惑う遼に「転校初日より数日経った今のほうが校内も見慣れてわかりやすいかと思って」と亜希は続ける。
『俺は賛成』
「俺も賛成だけど……今日委員会の日なんだよな。んー……まあ別日にするのもなんだし3人で行ってきたら」
唯、サヤそれぞれの返答を聞き「よし、じゃあ3人で行こう!」と勢いよく決めてしまう亜希になんと言ったら良いかわからず一誠に視線で助けを求めたものの、目が合った担任は優しく微笑むだけで話に入ってくることはなかった。
初日からほとんど教室と下駄箱の行き来しかしていなかったため急にふってきた大きなイベントに緊張と不安を感じつつ、勇気を振り絞って小さく頷いた。
***
「ここは理科室、向こうが家庭科室」
『で、この真上に図書室がある』
校内の様々な場所を亜希と唯が交互に説明する。昼休みということもあって校内のどこに行っても騒がしい声は聞こえてきたが、ふたりに挟まれるような体勢だからか想像よりも恐怖心は和らいでいた。
「……そういえばさっき委員会の話してたけど亜希と唯も何か委員会入ってんの?」
遼の問いに「うん、私は保健委員」『俺は図書委員』と返事が返ってくる。
「みんな何かしらの委員会に所属する決まりだから遼もそのうち一誠先生から話があるんじゃないかな。うちの学校部活ないし他学年との関わりって委員会ぐらいしかないんだよね。あとは文化祭や体育祭みたいな特別な行事とか……」
まだ見ぬ"他学年"という言葉に不安がチラついたものの「ちなみにサヤは放送委員だよ───あ、ほら!」という亜希の元気な声でかき消された。
指差すほうに視線を向けると【放送委員・打ち合わせ中】と張り紙が貼られている教室でサヤと数人の生徒が打ち合わせをしているのがドアのガラスから見えた。ドアが閉まっているため何を話しているかはわからなかったが、サヤは遼達に気付くと目立たない程度に小さく手をあげた。
「サヤの放送は校内でも群を抜いて評判良いんだよ〜」
「そうなんだ……」
『格好良い声してるしな』
小さく手を振り返しつつそんな会話をしながら3人で2年A組へ続く階段を登る。このまま教室まで戻るんだろうな、と遼がほっとしていると「あ、B組寄っていこうか」と提案された。
「え」
「遼まだB組メンバーとちゃんと会えてないでしょ?」
会えてないというより会わないようにしていたというのが正しい表現だったが、それを説明する間もなく「行こう行こう」とぐいぐいと引っ張られる。
───あの白上って奴もいるのかな……出来るだけB組の教室の前を通るのも避けてたのに……。
階段を登る足に急に錘がついたように感じた。
「やっほー!みんないる〜!?」
亜希の声がB組の中に響き渡り、教室にいた3人の生徒が遼達のほうを一斉に振り向いた。1番心配していた白上という生徒の姿は見えなかったものの、その3人の視線がグサグサと突き刺さる。
「……………!!」
怖い。知らない人間の視線が。他人が自分を見ているという事実が。
覚悟していてもいざその場になると汗が勝手に身体から流れ、加えて遼の中でB組に来るのは予想外の出来事だったということもあり、口から心臓が飛び出そうなほどの動悸に襲われる。今度は本気で一誠に助けを求めたかったが、周りにいるのは同級生だけで信頼出来る大人の姿はなかった。
そんな内心は露知らずB組の3人は遼を囲うように周りに集まってくる。
「こいつが例の東京から来た転校生?……ふーん」
遼より数センチ背が高い男子生徒が品定めするような視線を向けてくる。
「こいつなんて言っちゃいけないよ、律 」
その男子生徒の隣にいたショートヘアの女子生徒が嗜めるように言う。律と呼ばれた男子生徒は「うるせーな」と舌打ちをし不機嫌そうに席に戻っていった。ドカッと大きな音を立てて座る様子に遼の肩がビクッと跳ねる。
「ごめん、律がイライラしてるのはいつものことだから気にしないで」
ショートヘアの女子生徒はそう言いながら「あたしは浅黄 トーカ。あのイライラしてるのは赤坂律 。よろしく」と続けた。
「……黒崎遼。よろしく……」
律の様子が気になりながらも、なんとか声を絞り出す。A組の教室で最初に自己紹介をした時よりも、自分の声が掠れているように感じた。
「そういえば朔は?」
亜希がトーカの隣にいるもう1人の男子生徒に尋ねると「朔くんは委員会に行ってますよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないですかねぇ」とその男子生徒はのんびりした口調で答えた。
「あ、俺だけ自己紹介がまだでしたね。俺は藍原 ───」
男子生徒が亜希から遼のほうに向き直って名乗ろうとした時「みんなで集まって何やってんの」と聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「朔、おかえり〜」
トーカが遼の斜め後ろに向かって声をかける。嫌な予感がしながらもその視線の先に顔を向けると、転校初日に階段の踊り場で声をかけてきた生徒が至近距離に立っていた。
振り向いた朔の青い瞳とバチッと目が合った瞬間、遼は顔から血の気が引くのを感じた。
「………ッ……俺、教室帰る……!!」
朔からバッと顔をそむけ、その一言だけ叫ぶように絞り出すと、「えっ…どうしたの?」と困惑と心配の表情を浮かべる同級生達から逃げるように自分の教室に向かった。
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