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第6話

[38.2℃] 「…………………。」  靄がかかったようにぼーっとした頭で数秒間体温計に表示された数字を眺める。「測れた?」という母親の声で我にかえり体温計を渡した。 「学校には母さんから電話しておくから。食欲はある?りんごあるけど食べる?」  空腹ではなかったが、食べられる時に何か食べないとという母の言葉に従い一切れのりんごを食べ市販の風邪薬を飲むと、重い体を引き摺るようにして自室に戻りそのままベッドに倒れ込んだ。 「痛………………」  ベッドに倒れ込んだ衝撃がぐわんぐわんと頭の中に響いている。 「あ、遼。あんたちゃんと布団もかけないで何やってんの。ほら、水もここに置いておくからちゃんと水分摂りなさいね」  母親は開けっぱなしだった自室のドアから入ってくるとテキパキと布団を整えそばに水の入ったペットボトルを置き「電話だけしたら母さん買い物行ってくるからねー」と言い残してドアを閉めていった。 「ありがと…………」  既にリビングに戻った母親には聞こえなかったであろう掠れ声で呟き、8:00と表示されたスマホに手を伸ばす。 『お世話になります、私2年A組の黒崎遼の母親の……はい、はい……あ、お世話になります私……』  欠席連絡をしてくれているのであろう母親の声を聞きながら、メッセージアプリの中の【A組】というチャットグループを開きスクロールする。  転校初日に「ちょっとした連絡とかおしゃべりとかみんなでしてるんだ〜。遼も入って入って」と言いながら亜希が入れてくれた2年A組のチャットグループ。遼から何か発信することはなかったが、『今日の日本史の授業眠かったな』『今度の放課後みんなでクレープ食べに行こっ』『明日って授業の変更あったっけ』というようなクラスメイトの何気ない会話を見ているのは楽しかったし、そこに自分が含まれていることも嬉しかった。 『今日は熱があるから欠───』  途中まで入力し、やっぱいいか、と打った文字を全消しする。  欠席連絡自体は母がしてくれているのだからわざわざクラスチャットで知らせることはない。そう思い直しスマホを元の場所に戻すと頭まで布団を被った。   「遼、学校には連絡しといたからね。今日の授業のプリントとかは来週一誠先生が渡してくれるって。ゆっくり休んでって言ってたよ」  ノック音と共に母の声がドア越しに聞こえる。布団の中で頷きだけ返した。  今日が金曜で良かった、翌日のことを考えずに土日ゆっくり休めるしという安堵とこのまま登校出来なくなったらどうしようという不安が同時に襲ってくる。  昨日まで大丈夫だったのだから……という事実は明日や来週も大丈夫という保障にはなりはしないということを遼は学校にいけなくなってから痛感するようになった。むしろ今までどれだけ大丈夫でも駄目になる瞬間は一瞬で、積み重ねというのは自分が想像していたよりもはるかに脆い。  学校に足を踏み入れられなくなり、不登校がスタートしたのは高校1年生の8月だった。
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