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第7話

「黒崎くんのことが好きなの。私と付き合ってください!」  高校に入学して2ヶ月が経とうとしていた5月の終わり頃、遼は同級生の女子生徒に呼び出されそう告白された。 「え…………」  自分を真っ直ぐに見つめてくる女子に対し嬉しさや胸の高鳴りを感じることは全くなく、ただただ困惑し返す言葉が上手く見つからなかった。  当時遼は1組、その女子は8組だった為関わりはおろか会話をしたこともなく、委員会などのクラス外の活動が被っているわけでもなかった。クラスメイトがその女子について「あいつめちゃくちゃ可愛いよな」「あぁ、8組の子か。マジでヤバいよな」と盛り上がっているところを何度か耳にしたことがあったため名前は知っていたものの遼にとってはそれ以上でもそれ以下でもなく、何で自分?という疑問が頭を占める。 「ええっと……俺ら何かで関わったことあったっけ」 「ないけど……入学式で見かけた時から良いなって思ってたの!一目惚れっていうか……ね、お願い!」  お願いされても困る、という言葉をなんとか飲み込み「悪いけど……付き合うとかは出来ない……かな……」と目を逸らした。 「なんで?彼女がいるの?何組?」 「いやいないけど……」 「じゃあなんで?私のことよく知らないから?これから知っていけばいいじゃん!」  一方的な主張と共にぐいっと距離を詰められ、ため息をつきたいのを何とか堪えながら半歩後ろに下がる。  この女子のことは確かによく知らないものの、全く会話したことがなかった昨日までに比べると現時点で既に人としての好感度はかなり下がっていた。 「俺、家の手伝いとかで忙しいし……あんまり時間もとれないっていうか」  これは事実だった。遼の家は小さな飲食店を経営しており、遼自身も小さい頃から店に出入りしていた。高校生になった今はアルバイトと同じくらい厨房に立つことが多く、学校以外の生活はほぼ店を中心にまわっていた。 「じゃあ私も一緒にやってあげる!」  どう濁そうとしても相手が納得しないことに疲れを感じ始め、思わずため息が溢れる。 「悪いけど……俺、女子は好きになれないから」  これまでの人生で親にも友達にも言ったことのない秘密を口にする。  まさかこんな形で口にするとは思わなかった、と心の中で自嘲しながら。  自分って周りと違うのかも、と感じ始めたのは中学生の頃だった。  周りの男子達が女子の胸がどうだの身体のラインがどうだの騒ぐことに共感出来ずその手の話題を振られてもいつも適当に濁していた。  ある時、クラスメイトの1人が「これ兄ちゃんの部屋にあったやつ!マジやべーから!」と興奮気味に言いながらその場にいた男子全員を強制的に集めた。  持ってきたという雑誌を自慢げにみせ「ほら!ヤバくね!?」とほとんど裸のような格好をした男女が抱き合っている写真が載っているページをバンバンと叩く。 「うっわ!マジもんじゃん!」「これはヤバイわ!エロすぎ!」  周りは写真の女性モデルの胸や下半身を指さして騒いでいたが、遼はひとり男性モデルのほうに釘付けになっていた。男性モデルに優しく抱かれている女性モデルが羨ましいとすら感じる。 「なに、黒崎、お前もやっぱこういうの興味あったんだ?ガン見しちゃってさ」   雑誌を持ってきた男子にニヤニヤしながら指摘され、一瞬にして顔が熱くなった。 「ちがっ……!」 「嘘つけよ。普段は女なんかに興味ねーみたいなすました顔してるくせに」  言い返したかったが上手い言い訳が思いつかない。  何より対象は違えど写真を見て興奮したのは事実だった。自分自身の知らなかった一面を想像もしない形で暴かれ恥ずかしさと困惑で俯くことしか出来なかった。  顔を真っ赤にして黙った遼をみて図星だと解釈したのかそのクラスメイトは満足気に笑いながら他の男子達との談笑に戻っていく。もう遼のことは視界にも入っていなかった。 「…………………。」  自分の恋愛対象と性的思考を嫌というほど痛感した日のことを思い出しながら目の前の女子の表情を伺う。  当の相手は数秒の間、全く知らない言語で話されたかのようにきょとんとしていた。が、段々と言葉の意味を理解したのかその顔はたちまち歪んでいく。 「きっも。顔面詐欺じゃん」  吐き捨てるように言われ、告白してきた最初とは別人のような態度で去っていった。  遼にとっての地獄がスタートしたのは、この翌日からだった。
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