13 / 18

番外編:橙見亜希

「あら、橙見さん今帰り?気をつけて帰ってね」 「最近は暗くなるの早くなってきたからな、車に気をつけろよー」  委員会を終え1人帰路に着く亜希にすれ違う教師たちが声をかける。そのひとりひとりに「は〜い、さようなら〜!」といつも通り元気いっぱいに返しながら学校を出た。 「〜♪〜♫〜♪」  イヤフォンを耳にはめながらお気に入りの音楽プレイリストを再生する。  スマホを鞄にしまおうとした時、母親からのメッセージが通知欄に表示された。 『亜希、今帰り?もしまだ間に合いそうだったら薬局寄って柔軟剤買ってきてくれない?』  いいよーと短く返すと『ありがと。いつも使ってるフローラルの香りってかいてあるやつね』とすぐ返事がきた。  念のため手持ちの現金を確認してからちょうど近くにあったドラッグストアに入店する。  頼まれた柔軟剤をカゴにいれつつ菓子コーナーにも足を踏み入れる。  明日はみんなで何のお菓子を食べようかなあと考えながら様々な商品を手に取るのは幸せだった。 「あ、これSNSでバズってたやつじゃない?」 「マジ?あ、本当だーやっぱ人気なんだね〜」  少し離れたところから聞こえた声に一瞬視線を向ける。  亜希と同年代らしきその女子2人は、県内では偏差値の高さで有名な高校の制服を着ていた。ピンク色のおしゃれなリボンが亜希の目に眩しくうつる。 「ってかうちら新色のリップ買いに来たんじゃん。あっぶね目的忘れるとこだったわ」 「そういえばそうだったね、コスメコーナー向こうじゃない?」  亜希の視線に気付くことなく、2人はそんな話をしながらお菓子コーナーを後にした。  2人の姿が見えなくなってからSNSで話題だというそのスナック菓子を手に取り、そういえば中学の時は私もあの学校を志望してたなあとぼんやりと思い出す。 *** 「今日オレんち親いないんだよね。リビングでテレビも好きに観れるからさ、オレんち来ねえ?亜希が気になるって言ってた映画のDVD観せてやるし」  中学2年の冬、初めて出来た彼氏にそう誘われたのが全ての始まりだった。 「本当?やったあ、ずっと観たかったんだよね、あの映画!」  行く行く、とふたつ返事で返し、一緒に帰る予定だった友達に、ごめん彼氏と帰ることになってと謝る。 「全然良いよ〜え、ってか家行くの?ついに?初キスとか出来ちゃうんじゃない!?」  きゃ〜ヤバいね〜!と亜希よりも高いテンションの友達の言葉に亜希も若干の期待を寄せる。  彼氏がいるのは当たり前、付き合って1週間で初キスを済ませたという同級生も周りに多かった中、付き合って3ヶ月経っても手を繋ぐ止まりだったことに不安を感じていたのも事実だった。その悩みを話すたびに「それだけ亜希のことを大事にしてくれてるんだよ」と友達には慰められていた。  そんな中での家族もいない家への誘い。ちょっとの期待くらい許されるよね、と自分に言い聞かせる。 「そこのソファ座ってて、今飲み物持っていくから。コーラでいい?」  ドキドキしながらもあっという間に彼氏の家に着きリビングに通される。  うん、と答えながら言われるがままソファにちょこんと座った。落ち着かなかったが家の中をジロジロ見るのも失礼だろうと思いとりあえず手に持っていたスマホに視線を落とす。 「あ、ありが───」  そばに人の気配を感じ、飲み物を持ってきてくれたのだろうと顔を上げる。  が、礼を最後まで言うことは出来なかった。唇と背中に同時に衝撃を感じる。  口付けられながら乱暴に押し倒されたのだと理解するのに時間がかかった。 「……っ……ぇ……な、なにっ……」  一瞬離れたもののすぐまた唇を乱暴に押し付けられ舌で無理矢理口をこじ開けられる。  その間にも彼氏の手はセーラー服に入れられ胸を下着ごとガッと掴まれた。 「い、痛いっ……!やめてっ……!」  逃げようとしても身体ごとソファに押さえつけられなす術はなく、胸や下半身を彼氏の好きなようにされる。 「なに泣いてんの?」  しばらくして彼氏が口を開いた。その目線も口調もこの家に入ってからされた行為も、今まで亜希が見てきた優しい彼氏とは別人のようだった。 「誰もいない男の家に来たってことはお前だってこういうこと期待してたんだろ?なに、まさかマジで映画観るつもりだったの?」  ウケんだけど、と言いながら彼氏は亜希のセーラー服をはだけさせるとパシャっとその姿を自分のスマホにおさめた。 「無知なくせに被害者面してメソメソ泣いてさあ……鬱陶しいんだよ。言っとくけど誰かにチクったらこの写真お前の友達やクラスメイトに送るからな」  そう言うと彼氏は再び亜希の口に自分の唇を押し付けた。  結局何時間彼氏の自宅にいたのか、何をされたのか最後のほうは記憶が曖昧で、気付いたら自宅で繰り返し身体を洗っていた。その日着ていた下着はゴミ箱に捨て、制服はクローゼットの1番奥、視界に入らない場所に押し込んだ。  1日に何度も泣きながら入浴する日々が続き、当然学校には行けなくなった。  親や家に訪れる当時の担任教師に何度も何があったか問い詰められたが、写真のことを考えると話は出来なかった。何より話すことで詳細を思い出すことが辛かった。  冬休みが始まり亜希のもとに教師が訪れることもなくなった頃、友達から画像付きのメッセージが送られてきた。 『亜希、最近体調はどう?学校来れないのってやっぱりコレが原因?色々言われてるかもだけどこの人みたいに私は味方だからね!私も拡散したから!』  添付されていた画像は、脅しの時に撮られた写真と共に【ついに彼女を家に連れ込むことに成功した★】という文章が書いてあるSNSの投稿に、それをさらに引用する形で【何が彼女だ!被害にあった女の子が可哀想!この彼氏特定して人生終わらせてやれ!】という知らない人のSNS投稿だった。 「…………………………。」  何を信じ誰を頼ればいいんだろう、と涙が溢れる。投稿されていた写真は顔にモザイク処理がされているものの見る人が見れば自分だと丸わかりで、現に友達もこの写真に写っているのは亜希だと理解したうえで共有している。【可哀想】【味方だ】という言葉とこれをネット内の何十万といる人間に拡散しているという行動に酷く矛盾を感じる。  返信はせず、友達のプロフィールと今までのやりとりを非表示にし亜希はクローゼットに押し込んでいた制服を捨てた。 ***  ヴーッというスマホの振動で我にかえる。確認すると『遅いけど大丈夫?』というメッセージが母親からきていた。だいじょーぶ!というスタンプを送り、柔軟剤を入れていた買い物カゴにA組全員から好評だったチョコレート系の菓子とSNSで話題だというスナック菓子を追加で入れる。  いつのまにか止まっていたプレイリストを再び再生しながらA組のチャットグループに『明日新しいお菓子持っていくね〜なんかSNSで話題のお菓子らしい!』とメッセージを送る。 遼:『@亜希 いつもありがと』 唯:『@亜希 今度俺もなんか持ってく』 サヤ:『@亜希 俺らみんなSNSに疎いけど大丈夫か?たぶんその菓子にピンとくる奴いないと思うけど』  送られてきた返信をみて思わず吹き出しそうになる。  ここまでの流れも含めて明日ネタにしよ、と考えながらレジに向かうために大事な友達とのチャットグループを一旦閉じた。

ともだちにシェアしよう!