2 / 15
第2話
「青葉〜、お待たせ〜」
のんびりとした口調で志朗が手を振って近づいてきた。
暖かな春の陽気にぴったりの雰囲気だ。
今日は土曜日。川の写真を撮るため、青葉は巳千川の中でも映える風景の所までやってきた。
「時間ピッタリじゃん。朝食べてきたのか?」
青葉は見つめていたスマートフォンの画面から目を離す。
青葉の隣に並んだ志朗は、背負っていたグレイのリュックからアルミ箔に包まれたものを出して見せてきた。
「朝食の時間には間に合わなかったけど、その代わりにおにぎりもらったよ」
「えっ?食堂のおばちゃん、そんなことしてくれるの?なら俺が作って持ってくる必要なかったじゃん」
青葉は驚きながら少しだけ不満げな顔をする。すると志朗はニコッと口角をあげてアルミ箔を広げながら言った。
「と、言うのは嘘で、俺が握りました〜」
「・・えっ?どうゆうこと?」
「朝食には間に合わなくておばちゃんすでに片付け始めてたんだけど、ご飯が余ってるって言うからおにぎり作らせてもらったんだよ。いつも青葉が作ってくれるの真似してさ」
アルミ箔の中にはさらにラップで包まれたおにぎりが四つ並んでいる。
「今日は朝から写真撮るって言うから、ピクニックみたいで良いかなと思って持ってきた。後で一緒に食べよ」
「・・・へぇ。上手じゃん!器用だなぁ」
青葉はまじまじとおにぎりを見つめた。どれも綺麗な三角形をしている。
「志朗お腹空いてるだろ。今食べちゃおうよ」
「でも青葉はまだお腹空いてないでしょ?」
「俺は今日5時に起きて朝ごはん食べたから!もうお腹空いてる!」
「うわぁ、早いね。俺には考えられないや」
「土日は多少お客さん来るからな。店の準備手伝わなきゃ」
二人は話しながら、川に架かる橋に座った。
巳千川には十五の大小様々な橋が架かっている。その橋のほとんどには欄干がない。川が増水した時に、流木などが欄干に引っかかって橋ごと流されないためだ。
そのため、橋に座るときは足を下に投げ出したようになる。
小さい頃からここで暮らす青葉にとってはなんて事ないことだが、最初志朗を連れてきた時は少し怖がっていた。
しかし今では慣れたものだ。
「はい、どうぞ」
志朗が一つおにぎりを差し出す。
「中は梅干しか昆布ね。これは多分昆布かなぁ」
「ありがと!昆布超好き!」
青葉が嬉しそうに受け取る。それは青葉が握るおにぎりよりも少々大きかった。きっと志朗の手の方が大きいという事だろうなと、青葉はぼんやりと思う。
「俺は一つでいいから、志朗しっかり食べろよ!病気になったら大変だぞ」
「え〜、遠慮しなくていいよ?」
「違う!一人暮らしみたいなもんなんだから健康管理は大切ってことだよ」
「うーん、そっかぁ。ありがとう」
志朗は力の抜けた返事をしながらおにぎりのラップを剥がしてかぶりついた。
暖かい風が二人の間をすり抜けてゆき気持ちが良い。
なんとも平和な時間だ。
まさか志朗とこんな穏やかな仲になれるとは、最初は思ってもいなかった。
なぜなら、青葉は最初志朗のことを苦手に思っていたからだ。
ーー
入学してすぐ、青葉は新しいクラスメイト達にワクワクしていた。
わざわざ親元を離れてこの萩亥佐にやってきてくれたのだ。
地元が大好きな青葉にとってこんなに嬉しいことはない。
すぐに仲良くなりたい!
そう思う青葉にはいつもの作戦があった。
それは『あだ名で呼んでいい?』と聞いて距離を詰めていく方法だ。
小さい頃から初めての人と仲良くする時はそうしてきた。
逆にそれ以外でキッカケを作る方法が思いつかなかったのもある。
高校生になったわけだが、青葉は変わらずその作戦を試みようとした。
とりあえずまずは男子からと、青葉は朝ちょうど寮から出てきた椎名に声をかけた。
「あ、なぁ!1年生だよな!」
横から大きな声で話しかけられ、椎名は肩をビクりとさせた。
「え・・・」
椎名の前髪は長くあまり顔が見えない。しかし青葉は気にせず話し続けた。
「俺も1年!民屋青葉!よろしく!なぁ、名前なんだっけ?確か1年の男子は椎名君と守月君だった気がするけど」
「・・・え、し・・椎名すぐる、です」
椎名は青葉の勢いに押されながら答える。
「椎名すぐる君かぁ!な、なんて呼べばいい?!すぐるんとかどう?」
「す、すぐるん・・?」
「すぐるんだと長いかな?うーん、じゃぁしーちゃんは!?」
「え・・いや、あの・・」
「しーちゃんだと可愛すぎるか?じゃあ・・・」
俯いたまま困惑している椎名に、さらに話しを続けようとした瞬間・・
「ねぇ」
と柔らかな声が聞こえた。
その声の方に目を向けると、志朗が微笑んで立っていた。
陽に透けて輝く焦茶色の髪の毛、まるで蕩けたような印象の甘く垂れた瞳。その整ったいで立ちに、青葉は一瞬息を飲み込み。
「椎名君、困ってるよ?」
志朗は口に笑みを浮かべたまま眉尻を下げて言った。
「え?」
青葉も釣られて笑いながら首を傾げる。
「君の勢いが凄すぎて椎名君ついていけてないんだよ。ね?」
志朗はチラリと椎名に視線を送る。椎名は無言で小さく頷いた。
「何の話してたの?俺が聞くよ」
椎名を庇うように志朗が一歩前に出て聞く。
「あ、なんて呼べばいいかなって聞いてんたんだよ!クラスメイトなんだし仲良くしたいじゃん?」
「クラスメイト?じゃあ俺とも一緒なんだね」
志朗は意外そうな顔で言った。その様子に青葉は驚く。
「えっ!そうだよ!昨日の入学式一緒にいただろ?」
「ごめん、まだ君のこと覚えてなかった。椎名君は入寮日が一緒だったからわかるけど」
特に悪びれる表情をするわけでもなく、志朗は笑って答える。
まだ覚えられていなかったことに少し恥ずかしさを感じながらも、青葉は気にしない素振りで言った。
「あー、まぁちゃんと始まるのは今日からだからな!俺、民屋青葉!川沿いにある食堂が実家なんだ!」
「あぁ、そうなんだ。じゃあここが地元なんだね。俺は守月志朗。よろしく」
「よろしく!すごいイケメンだなぁ。もしかしてモデルとかしてた?」
「はは、まさか」
志朗は微笑みながら横に首を振った。
「えっと苗字が守月だよな。なんかいいあだ名あるかなぁ」
青葉は顎に手を当てて考えるポーズをする。
「あだ名?」
「おう!呼びやすいのがいいよな!モリちゃんとかツッキーとか・・」
「・・・それ、やめた方がいいんじゃない?」
「・・へ?」
青葉は目を丸くさせて志朗を見つめた。
「わざわざあだ名を考えるなんて小学生みたいだよ。それにあだ名とか好きじゃない人も多いしさ」
「・・・」
「ちなみに俺もあんまり好きじゃないかな。普通に名前で呼んでくれる方が嬉しい」
志朗はニコリと笑う。
「もう高校生になったんだし、小学生みたいなノリはやめてもいいんじゃないかなぁ」
「・・・」
「あ、そろそろチャイム鳴っちゃうよ、ほら椎名君も民屋君も急ごう」
青葉が何か言うのを待つことなく志朗は走り出す。
椎名もそんな志朗の後を小走りでついて行ったが、青葉はその場で彫刻のように固まったまま動けなかった。
全く悪意はない。意地悪なことを言われたわけでもないし、志朗は終始微笑みながら穏やかな口調で言っていた。
けれど・・この冷や水を浴びせられたような気分は何だろう。
もっと分かりやすく嫌味っぽく言われた方が、まだ素直に受け止められた気がする。
志朗の、穏やかに言いながらも受け入れる気はないどこか冷めた笑顔が怖く感じた。
「守月君ってかっこいーよね」
「あぁ。あれは今までこの地域にいなかったタイプだわ」
教室で風香と栄一が頬を赤く染めてコソコソと言っている。そんな話にも青葉は入ることなくただ聞いているだけだった。
志朗がかっこいいのはわかっている。優しそうなのも。
けれどなんとなく怖い。何もかも見透かされているようで。
青葉は人見知りをしない性格だが、志朗は初めて苦手だと感じる人種だった。
「民屋、おはよう〜」
「お、おはよう守月。今日暑いなぁ」
一度苦手だと意識してしまうと、普段のような振る舞いが上手く出来ない。
志朗にどう思われるかばかり考えてしまい、ぎこちない喋り方になってしまう。
誰とでも仲良くなれるのが自分の長所だと思っていた。けれどそんな自信もガラガラと音を立てて崩れていく。
ーこのままでは嫌だな。
入学して二週間が経ち、そう思い始めた頃だった。
昼休み、志朗が何気ない顔で近づいてきて言った。
「ねぇ、民屋。前に川沿いの食堂、民屋の家族がやってるって言ってたよね?」
「え・・うん、そうだけど」
自分で作った焼肉弁当を食べる手を止め、青葉は答える。
「そこってここのお店?」
志朗は自分のスマホの画面を青葉の方へ向ける。
そこには『青色食堂』と書かれたSNSの画面が映し出されていた。
「あぁ、そうだよ。青色食堂。学校からだとちょっと離れてるけど。自転車で10分くらいかな」
「そっか。ここだったんだ・・」
嬉しそうに志朗の口元が緩む。
「・・?守月来たことあるの?」
「ううん、まだ行けてない。でもこのお店のSNSはずっと見てたから知ってるんだ」
「えっ?!本当?」
青葉は思わず勢いよく立ち上がった。
「うん。たまたま何かの検索で出てきて。それから気になって時々チェックしてたんだ。ご飯の写真も美味しそうだし、たまに載せてる風景写真も綺麗で」
「そ、それ!俺が撮ってるやつ!」
「え・・」
「風景の写真!俺が撮ってんの!」
嬉しさのあまり青葉は頬を真っ赤にして笑った。
この地域の過疎化は思っている以上に深刻だ。清流と呼ばれる巳千川を取り巻く雄大な自然がこの地の売りではあるが、逆を言えばそれしかない。
春から夏にかけてはキャンプやアウトドアで訪れる人で賑わうが、秋以降はさっぱりだ。特に真冬などは寒々しさも相まって、地元の人間以外を見ることはほとんどない。
その地元の人間にしても、高校を卒業すれば多くの人が出ていってしまう。
地元にまた戻ってくるのはほんのわずかだ。
青葉の家は、青葉の祖母が始めた食堂をその子ども達である父達が引き継いで続けている。
それでも食堂だけでは経営は厳しいため、近くの道の駅に惣菜を卸したり叔母は近くの老人ホームのパートなどもやっている。
もっとこの萩亥佐に人が来て欲しい。ここの良さを知って欲しい。
そう思って中学二年生の時、青葉が始めたのがSNSだった。
母に許可をとり食堂を宣伝するためのアカウントを作ると、メニューや店の周りの写真と共に風景の写真も載せることにした。
この辺りの一番の魅力は自然が作る美しい景色だと思ったからだ。
始めてすぐは反応はイマイチだったが、夏になり川をメインの写真を載せると徐々に見てくれる人数は増えてきた。
実際にSNSを見て食堂を知りやって来たというお客さんも現れ、青葉はSNSの影響力を実感し始めていた。
「うわぁ。マジか〜!守月も見てくれてたんだ、めっちゃ嬉しい!」
青葉が満面の笑みで言うと、志朗は目を丸くさせたまま青葉を見つめた。
「・・へぇ。あれ民屋が撮った写真だったんだ」
「おう!うちの食堂のSNS担当は俺だから!」
「・・ねぇ。今度、写真撮る時ついて行っていい?」
「へ・・?」
予想だにしなかったお願いに青葉は気の抜けた声をあげる。
志朗は口元に穏やかな笑みを浮かべると念を押すように「ね?」と言った。
それから、青葉が写真を撮る時は時々志朗が同行するようになった。
放課後でも土日でも都合のつく日は志朗がやってくる。
そして穏やかに微笑みながら、青葉が写真を撮るのを眺めているのだ。
「たまには守月も撮ってみたら?」
そう聞くと志朗は首を横に振って言った。
「俺は、民屋がどんな風に写真を撮ってるのか興味があるだけだから」
「・・・ふーん?」
一体そんなのを見て何が楽しいのか。
やはり彼の考えていることはよくわからない。
そんな風に訝しみながらも志朗との撮影の日々は続いた。
最初こそ苦手に感じていた志朗の見透かすような穏やかな雰囲気も、ただのマイペースなんだと思えてからは平気になっていた。
むしろ、そののんびりとした空気は居心地がいいくらいだ。
「あのさぁ。俺やっぱり苗字で呼ぶのは嫌だなぁ」
五月が終わりかけた頃、青葉は思い切って言ってみた。
「え?」
青葉の隣で川を見つめていた志朗が視線をこちらに向ける。
「・・守月って長いじゃん。志朗って呼んじゃダメ?」
—もしかしたらまた断られるかも・・
そう思い、青葉は思わずキュッと目を瞑った。
「・・・」
一瞬の間が開く。聞こえるのは水音と鳥の鳴き声だけだ
「いいよ」
志朗の穏やかな声が耳に響き、青葉は目を開けて横を向いた。
志朗が可笑しそうに口を押さえて笑っている。
「はは。そんなに緊張しなくていいのに」
「だ、だって・・あだ名とか嫌だって・・」
「あぁ。あれは、俺もここ来たばかりでちょっと距離感わかってなかったって言うか・・ごめん。気にしてたんだね」
「・・い、いや・・」
青葉は顔を真っ赤にして笑いながら俯く。
こうやってサラリと図星をついてくるところはやはり苦手だ。
青葉が黙ったまま下を向いていると、志朗は川をまっすぐ見つめながら言った。
「俺も、青葉って呼んでいい?」
「・・・え?」
ゆっくりを青葉は志朗を見つめる。
「青葉っていい名前だなって、初めて聞いた時から思ってたんだよね。ダメかな?」
「・・・いい。いいに決まってんじゃん・・!」
「本当?じゃあこれからよろしく、青葉」
「お、おう!」
そうして、気がつけばクラスメイトの誰よりも志朗といる時間が長くなっていった。
それと共に彼のペースもどんどんと緩くなっていき、朝が弱い志朗を起こす役目をいつしか青葉が負うようになっていた。
そんな関係ももうすぐで一年が経とうとしている。
——
「なんか、今日荷物多くない?」
おにぎりを食べながら、青葉は志朗のリュックに目をやった。
いつも志朗はほとんど手ぶら状態でやってくる。おにぎりがあったとしてもわざわざリュックを背負ってくる必要はないように思えた。
「あー、そう。今日はさぁ、ちょっとやりたいことあってさぁ〜」
志朗は天を見ながら歯切れ悪く言う。
「やりたいこと?」
「・・うん」
残っていたおにぎりを口に放り込むと、志朗はリュックの中身をゴソゴソと探り始める。
それから二つの板のようなものを出してきた。
「これは・・」
板に見えたそれは、A4サイズのスケッチブックと同じくらいの大きさの色鉛筆のケースだった。
「・・志朗、絵描くの?」
あまりに意外な物が出てきて青葉は目を丸くする。
「うん。実は結構好き」
そう言うと志朗はパラパラとスケッチブックをめくり始めた。
「・・・え、何これ」
そこに描かれていたものを見て青葉は言葉を失う。
・・スケッチブックの中に風景写真が貼られている?
一瞬そう勘違いしてしまうほどに、そこにはまるで本物をそのまま写したような絵が描かれていた。
しかも、どれもどこかで見たことがある風景ばかりだ・・
「これ・・って」
「気づいた?青葉が撮った写真を見て描いたんだ」
「・・・」
そう。自分が撮ってSNSに載せた写真だ。
雄大に広がっていく巳千川の写真や、入道雲が山の間から湧き出ているような写真。
中には遠くから撮った青空食堂もある。
「全部、志朗が描いたのか?」
「うん。ほとんど色鉛筆で」
「・・すっげぇ」
青葉は小さく呟いた後、目を輝かせて志朗に目をやった。
「志朗すごい!めっちゃ綺麗でびっくりした!どうやったらこんな写真みたいな絵が描けんの?!っていうかなんでこんなに絵が上手いこと隠してたんだよー!」
「・・別に隠してたわけじゃないんだけど・・絵は部屋で一人で描いてたから。みんなに見せるつもりで描いてたわけでもなかったし」
「えっ!でも、こんなにめっちゃ上手いのに?!誰にも見せるつもりないの?!」
「うーん。趣味で描いてるようなものだからなぁ」
「・・えー。勿体無いなぁ」
青葉は改めてスケッチブックの絵を見つめる。やはりその絵が『絵』であることが信じられないような綺麗さだ。
光の加減や水の透明感も本物のように再現されている。
目に見たものをそのまま再現させる才能でもあるのだろうか。
「青葉がどういう風に撮影場所選んでるのかなって気になってずっと見てたんだ。それでやっぱり良い所を切り取るのが上手いなぁって。俺もそれをやってみようと思って今日はスケッチブックと色鉛筆持ってきた」
志朗はまだなにも描かれていない真っ白なページを開くと、自分の前にかざして言った。
「・・志朗が自分で好きな風景を描くってこと?」
「うん。いつも青葉の写真を見て描いてたけど、自分でも描きたい風景探してみようかなって」
「・・・」
青葉は何かを考え込むように視線を落として黙り込む。
「・・青葉?どうかした?」
「・・あのさぁ」
「うん?」
「もしその絵が完成したら、SNSに載せていい?」
「え?」
志朗が首を傾げると、青葉は目を輝かせて身を乗り出すようにして言った。
「だってさ、こんなにすごい絵、SNSに載せたら絶対みんな見てくれるって!それでこの場所は萩亥佐っていう場所なんだって、色んな人に知ってもらえるキッカケになるかもしれない!」
「・・・」
「俺の写真じゃ全然ダメなんだよ。俺のは観光とかでここに興味ある人が検索して見てくれるくらいで。でもそれじゃあ知らない人にはいつまでたっても知られない。もっとここに人を呼ぶためには、別の角度からアピールしなきゃって最近思ってたんだ」
頬を赤くさせて青葉は必死に訴える。
「だからお願い!志朗が載せてもいいって思えるやつだけでいいから!お願いします!」
「・・・」
勢いよく頭を下げる青葉を志朗は困惑した表情で見つめた。
しかしすぐに口元を緩めると「わかった」と穏やかな声で応える。
「上手く描けるか分かんないから保証は出来ないけど・・青葉が萩亥佐のこと大好きなのはわかってるから、俺も協力できることはするよ」
「・・っ!本当?!ありがとう!!」
青葉はパッと明るい表情で上を向いた。
「よかった。勢いで言っちゃったけど、わがままで自分勝手なお願いだなって思ったんだ。しかも情に訴えるようなことを言っちゃったし」
「まぁ、でも実際上手く描けるか分からないし。俺が載せる判断をしていいなら別にいいよ」
「・・あー。ありがとう志朗ー!大丈夫!俺も志朗の絵に負けないくらいの写真撮れるように頑張るから!」
「・・うん」
志朗は柔らかく微笑むと、目の前の川に視線を向ける。
そしてさっそくどこを描こうか考えているのか、周りの景色を見渡すように首を動かした。
志朗が誘いに乗ってくれてよかった。
あんなに常人離れした才能を誰にも見せないのは勿体無い。
きっと、あの志朗の絵は人を惹きつける力があるはずだ・・
そう、俺なんかの写真よりずっと・・
ーーー
「志朗!見て!フォロワーの人数が増えたんだよ!」
青葉は声を弾ませて志朗にスマホの画面を見せる。
志朗はチラリとそれを見ると目尻を下げて笑った。
「よかった。少しでも役に立てたかな」
「当たり前だろ!!すっごい反応良いよ!一緒に動画作るのも協力してくれてありがとうな!!」
あのお願いから数日後、志朗が「この絵はどうかな?」と一枚の絵を持ってきてくれた。
ちょうど今の季節にピッタリの桜の花が描かれている。
「これは、去年青葉が撮った写真を見て結構前に描いたやつなんだけど、自分でも気に入ってるしSNSに載せるなら今かなって」
「・・すっげぇ・・本当に綺麗」
その精巧に描かれている美しさに言葉を詰まらせながら、青葉はまじまじと絵を見つめた。
志朗はそんな青葉の様子に安心したのか、ホッと小さく息を吐くと言葉を続ける。
「それでね、俺思ったんだけどただ絵を載せるだけじゃ芸がないかなぁと思って。この絵を風景と一緒に撮るのはどうかな?」
「え?どうゆうこと?」
「つまりね・・」
志朗の提案はこういうことだった。
志朗の絵と同じ風景の場所で、その絵を前に重ねた状態で撮影する。それから徐々に絵だけを横にずらしていき、後ろから本物の風景が写されるというものだ。
実際の風景の写真をそのままに模写したものなので、位置や撮り方を調整すれば出来るかもしれない。
さっそく放課後、桜が散り終わらないうちにと二人で動画を撮りに行った。
動画を撮る上でも志朗の器用さが存分に生かされ、青葉はそのセンスの良さにますます感動することになった。
そして試行錯誤のすえ志朗が提案したものにちかい動画を撮ることができ、それをさっそくSNSに載せてみたのが一昨日の夜だ。
萩亥佐のキーワード以外にも色々な人の検索に引っかかるようにと工夫もしてみた。
その甲斐あってか、普段よりも多くの反応がつきフォロワーの数も少し増えた。
「志朗すごいなぁ。こういう美術的なセンスがあるんだよなきっと。俺じゃ動画にするとか思いつかないし」
スマホの画面をスクロールしながら青葉は笑う。動画にはコメントもいくつかついてる。こんなことは初めてだ。
「・・萩亥佐に興味持ってくれる人が増えるといいね。ねぇ、今日の放課後ロケ地探しでもしない?動画映えする場所探してさ。青葉がそこで写真撮ってさ、俺がそれに合わせて絵を描くよ」
「えっ!いいのか?!」
画面から目を離し、志朗の方を輝くような瞳で見つめる。
「うん。俺も楽しかったから。せっかく描くなら青葉と相談してやりたいなって思ったんだ」
「うわぁー!ありがとうー!ぜひ!お願いします!」
「うん、よろしく〜」
志朗はのんびりとした口調で手を差し出す。
青葉はその手を勢いよく握り返した。
志朗の描く絵は本当にすごい。
一体どうやって描いているのだろう。色鉛筆とほんの少しの白と黒のペンで描かれているように見える。
それだけの画材でどうやったら写真のような絵が描けるのか。
手に持っていたスマホが揺れる。
どうやらまた新たなフォロワーが増えたようだ。さらに動画へのコメントも増えている。
志朗の絵を絶賛するコメントばかりだ。
『素敵な風景ですね』
『絵なんですか?写真かと思いました。綺麗な景色ですね』
『行ってみたくなりました。四国ですか?』
一つ一つのコメントに目を通しながら、思わず口元が緩む。こんなに良い反応を貰えるのは初めてだからだ。
萩亥佐の景色にたくさんの人が興味を持ってくれている。
ーこの絵と同じ写真を一年前に載せた時は、ほとんど反応なんてなかったのに。
ふとそんな思いがよぎり、青葉はごくりと喉を鳴らした。
何を考えているのだ。こんなに素晴らしい絵と、ただアピールするために撮った写真を比べるなんて。
凡人の自分なんかと比べてはいけない。
昔もそう思ったじゃないか。
風のように走るあいつの姿を見た、あの時に。
親愛と羨望と・・そして嫉妬に混じった感情に、出来ることならもう振り回されたくはない。
ともだちにシェアしよう!

