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第4話

お正月は食堂も休みだ。 そして決まってみんなで駅伝を見る。 お正月のダラダラしていても怒られない、その特別な感じが好きで興味はなくても一緒になって炬燵に入ってテレビを見ていた。 「この子はうちの県出身じゃないか。がんばれー!」 父親が見ず知らずの選手に声援を送る。 画面を見てみると、苦しそうな顔で走る選手の下に名前と大学、それから出身校が表示されていた。 「関東の大学しか出場しないけど、選手は地方出身の子多いわよねぇ」 母がみかんを剥きながら言う。 「暇な正月に放送してるからみんな見るだろ。それでテレビで同じ出身の選手が走ってれば応援したくなる。地元の名前が全国に出てるってな」 「・・なるほど」 炬燵に潜りながら青葉は口をポカンと開けて呟いた。 この駅伝に出れば出身校の名前が出る。それはつまりこの『萩亥佐』の名前が全国に知られると言うことだ。 「俺、駅伝目指そうかな」 「え?」 青葉がボソリとこぼした言葉に母が反応した。 「だって駅伝出て俺が目立てば萩亥佐が有名になるかもしれないんじゃん!俺、足は学校で一番速いんだぜ!市の大会でも上位に入ったし!」 「あらー、いいじゃない!青葉が駅伝でたら箱根まで応援行っちゃう!」 おそらく全く期待はしていない顔で母が笑う。 しかし青葉はそんなことは気にせず小さくガッツポーズをした。 『萩亥佐』の人口減少は深刻だ。 だから少しでも自分の出来ることをしてこの場所を盛り上げたい。 青葉が得意だと胸を張って言えること、それは足が速いということだった。 それを活かせるのはこの駅伝だ! 小学生の青葉にとって、それは画期的かつ明確な将来の目標となった。 ーー 「惜しかったなぁ、青葉。春休みの記録会、もう少しで3位だったんだろ」 月見橋の真ん中で、栄一が自転車に跨りながら言った。 「そうよ!惜しかったんだから。栄一も風邪引かなきゃ応援来れたのに」 二つ年上の大迫凪が頬を膨らませて腰に手を当てる。 「仕方ないじゃん!妹のがうつったの!」 栄一は頬を染めて凪を睨んだ。 眉を吊り上がらせていても嬉しそうなのはバレバレだ。 「凪ちゃん応援来てくれたのにごめんな、中途半端な結果でさ。表彰台狙ったのになぁ。結局もらったのは参加賞のこのキーホルダーだけ」 青葉は肩を落としながら菱形の金属板に『春季県民記録会』とかかれたキーホルダーを見せた。大きな鈴がついていて持つだけでリンリンと音が鳴る。 「何言ってんの!青葉だって中1の中では速い方だったじゃない!まだ中学は後2年あるんだし、これからも頑張りなよ!一人陸上部!」 そう言って凪は青葉の背中を勢いよく叩く。凪の力は見かけより強い。青葉は思わず咳き込んだ。 「凪ちゃん、高校の入学式明日でしょ。分校何人入るの?」 栄一が少しつまらなそうな顔で凪に話をふった。 どうやら今のやりとりに嫉妬しているようだ。早く告白してしまえばいいのに、と思ってしまう。 「私入れて5人かな。そのうち二人が寮生だって。ほら田舎留学制度ってやつの」 「ふーん・・」 聞いておきながら栄一は不満そうに口を尖らせる。 「凪ちゃんと離れるのが寂しいのはわかるけど栄ちゃんだって分校入るんだろ。あと2年の我慢だって」 「はっ?!ち、違うし!うっせー!」 栄一が真っ赤な顔で青葉に向かって叫んだ。 その様子を見ながら凪は楽しそうに笑う。 栄一の気持ちに気づいているのかはよく分からない。 「そこ、通して下さい」 三人で話していると、突然背後から声が聞こえた。 振り向くと、同じ年くらいの少年が立っている。 瞳は大きいが吊り上がっていて眼光が鋭い。ただこちらを見ているだけなのに不思議な圧力を感じた。 「あ、ごめんね」 凪がニコリと笑って端に寄る。それから栄一の方に手のひらをヒラヒラさせると避けるように指示した。 少年は小さく会釈をすると、スタスタと歩き始める。 青葉は目の前を通る彼を珍しげな顔で見つめた。 初めて見る顔だ。観光に来た子だろうか。 しかし周りに大人はいない。 不思議に思っていると、少年は突然ピタリと止まり青葉達の方を向いた。 「・・道、聞いてていいですか」 「え、道?」 再び凪がニコリと笑って首を傾げる。 「・・はい。おじいちゃんの家が、その・・わからなくて」 「おじいちゃん?あ、遊びに来てるの?」 凪が聞くと少年は下唇を噛みながら俯く。 「あ・・えっと、じゃぁ・・」 「俺が連れて行くよ!」 凪の言葉を遮り、青葉が手を上げた。 ここで凪が案内役になってしまったら栄一が気にしてしまいそうだからだ。それに栄一と凪を二人きりにさせてあげたいという理由もある。 「でも、青葉大丈夫?」 「大丈夫だって!生まれも育ちも萩亥佐なんだから!どこでもわかるよ!」 「そう、ならいいけど・・」 「栄ちゃんと凪ちゃんは先帰っててよ!栄ちゃんは明後日学校でな!凪ちゃんは高校生頑張ってね!」 青葉は二人にそう声をかけると、少年の方に目を向けた。 「よし、行こう!とりあえず橋渡ってから場所聞くよ」 「・・ありがとう」 少年は仏頂面でお礼を言う。それから青葉が歩き出すと後ろをゆっくりとついてきた。 「ねぇ、何歳?俺は今13歳!明後日から中2!」 青葉は首だけ後ろに向けて少年に話しかける。 「・・俺も13歳」 少年は川の方を見ながらボソリと言った。 「えっ!マジで!一緒じゃん!どこから来たの?市内?」 「・・・東京」 「東京?!」 青葉は興味津々な顔で少年の横に並ぶ。 「えっ!すげー!東京の人なの!?俺東京の人初めて喋るかも!観光に来るお客さんは県内の人が多いし。遠くても関西とかだよ!」 「・・・」 急にテンション高く話す青葉を少年は怪訝そうな顔で見つめた。 「東京ってどんな感じ?美味い店いっぱいあるんだろ?俺テレビで見て行ってみたい店あってさぁ〜」 「・・・別に、美味い店が多くても子どもだから好きに行けるわけじゃないし・・」 少年は不貞腐れたようにボソリと言った。 「えっ、あー。まぁそうだよな!東京は子供の一人歩き危なそうだしなぁ」 「いや、一人では歩けるから・・」 「そうなの?そりゃそっか。学校行かなきゃだもんな!」 そんな話をしてる間に橋を渡り終え、青葉は改めて少年の方に目を向けた。 「それで、おじいちゃんの名前なんて言うの?」 「・・咲崎一郎」 「咲崎?えー。どの人だろ。どんな感じのおじいちゃん?俺の家食堂やっててさ、地元の人は結構みんな食いに来てくれるからわかると思うんだけどなぁ」 「どんな・・おじいちゃんだけど、まだ腰は曲がってないし日焼けしててちょっとこわそうな感じ・・」 「えー。そんな人いっぱいいるよー。この辺りは林業やってる人多いからみんな日焼けしてるしなぁ。おじいちゃんの家一回も行ったことない感じ?目印になるものとか覚えてない?」 「・・じいちゃんの家には一昨日から来てて・・今日はランニングしようと思って走りに出たら道が分からなくなったんだ・・」 「・・え、ランニング?」 そう言われてみれば少年はナイロンのTシャツに短パン姿で運動しやすそうな格好をしている。 「へー!俺も陸上やってる!!って言っても一人陸上部だけどさ!この間も県の記録会があったんだよ!」 「・・へぇ」 少年はあまり興味がなさそうに相槌を打った。 「あ、ごめんごめん。迷子で不安な時にどうでもいいよな!」 青葉が笑って言うと少年はピクリと目元を引くつかせる。『迷子』という言葉が気に障ったのかもしれない。 「じゃぁうちの食堂行って母ちゃんに聞いてみるよ!母ちゃんなら名前言えば知ってるかもしれない!」 「・・ありがとう」 「うん!」 それから二人は青葉の食堂に行き『咲崎一郎』について聞いてみた。 「咲崎さん?あぁ、蛍見橋の近くに住んでるおじいちゃんよ」 母は料理を作る手を止めずに答える。 「蛍見橋?そんな橋あったっけ?」 「あんた達は丸み橋って言ってる橋よ」 「あぁ!あの橋蛍見橋って言うんだ」 青葉は手のひらにポンと拳を打ちつける。 「咲崎さんのお孫さん?こんにちわ」 母が少年の方をチラリと見て笑うと、少年はペコリと小さく会釈した。 「おじいちゃんが時々自転車に乗ってうちに食べにきてくれるのよ。咲崎さんの所の娘さんがお母さんの四つくらい上なんだけど君のお母さんよね?お元気にしてる?」 「・・・はい。元気です」 「そう!よかったわぁ」 嬉しそうに笑うと母は出来上がった料理を皿にもった。 「咲崎さんのところならもう少し待ってくれれば車で送っていけるわよ」 「うーん。いや、丸み橋ならわかるから俺連れて行くよ。ありがと母ちゃん」 青葉はそう言うと少年の腕を掴んで食堂の外へと出た。 春休み期間ということもあり店はそこそこ忙しそうだ。 「丸み橋ならここから歩いて20分くらいだから!ほぼ一本道だと思うけどどこで迷ったんだろうなぁ」 「・・山の中通ったりしたから・・」 「えぇ?まじで?熊がいるかもしれないから山の中はあんまり入らない方がいいぞ」 「く、熊?」 出会ってから初めて少年が狼狽えるような表情を見せた。 「この辺、熊出るの?」 「いるらしいよ。何年か前に目撃情報流れてたし。俺は見たことないけどなぁ」 「・・・」 少年は眉間に皺を寄せると苦々しげな顔をする。 「まぁ、そんな心配するなよ!俺が送り届けてやるからさ!」 青葉は少年の背中をポンポンと叩くと大股で歩き出した。 「ほら、あそこ丸み橋」 食堂から歩くこと二十数分、シルエットが丸みかかった橋が見えて来た。 「この辺なら見覚えある?おじいちゃんの家どれだろ」 青葉が周りを見渡していると、「あそこ」と言って少年が橋の向こうを指差した。 丸み橋を渡った先に一軒の家が建っている。 築は五十年を越えていそうだが、この辺りでは特段珍しい訳ではないよくある雰囲気の家だ。 「おぉ!見つかってよかった!これで安心だな」 青葉はチラリと少年の方に目を向ける。 安心したのか少年の頬が少し緩んだ。 丸み橋へ向かう間も少年は警戒するように周りに目を向けながら歩いていた。 熊が出るという話がよっぽど怖かったのだろうか。 青葉は頭をガシガシと掻くと思い出したかのようにポケットに手を突っ込んだ。 「あっ、なぁ!これやるよ!熊避けには鈴がいいって聞くし!」 そう言うと青葉は記録会でもらった記念品のキーホルダーを見せた。 「え・・」 「熊って警戒心が強いんだって。だから音が鳴る物つけて歩いてれば近寄ってこないらしいよ。ほら!見てよこのキーホルダー。結構大きい音鳴るんだ」 青葉はキーホルダーを振って鈴を鳴らしてみせる。 「な!ほら!ここにいる間は一応これ持ってなって!お守りがわり!」 「あ・・」 押し付けるようにキーホルダーを少年の方に差し出すと、少年は戸惑いながらそれを受け取った。それからキーホルダーをまじまじと見つめる。 「・・何、これ?」 「この間の記録会の記念品!俺も陸上やってるって言ったっしょ!」 「・・もらっていいのか?」 「うん!俺が狙ってたのはメダルだから!それはいいんだ」 「・・・わかった、ありがとう」 「全然!これからは知らない所で迷子には気をつけろよ!」 「・・・っ」 青葉が明るく言うと少年はキッと睨みつけてきた。 「はは!じゃぁな!っと・・なぁ、今更だけど名前なんていうの?」 「え・・」 「名前!俺は民屋青葉!」 「・・・深海・・道耶」 「ふかみみちや?へー!じゃぁみっちゃんだな!」 「はっ・・?」 「じゃあ元気でな!みっちゃん!またじいちゃんの所に遊びに来た時は一緒に遊ぼうな!」 青葉はニコリと笑うとパッと駆け出した。 無事に送り届けることができて良かった。 この春の陽気にピッタリの晴れやかな気分だ。 中学二年生は幸先がいいかもしれない。 そんな明るく前向きな気分は次の日の朝には簡単に崩れ去った。体はだるく節々が痛い。 数年ぶりに熱が出てしまったのだ。 結局、青葉は中学二年生の最初の三日間を欠席することになった。 幸先悪いな・・ 重いため息を吐きながら、二年生の教室の扉を開けた。 「おはよー、やっと復活したよー」 青葉は眉尻を下げて笑いながら教室に入る。 「おー!青葉ー!大丈夫かぁ?!」 栄一がいち早く声をかけてきてくれた。 「うん!もう大丈夫〜・・」 栄一に目を向けながら教室の雰囲気を見回す。 うちの学年は小学校からずっと一クラスだ。クラスメイトの顔ぶれは昔からほとんど変わらない。 「・・・」 しかし一人だけ、見慣れない人物に目が留まり青葉はポカンと口を開けた。 確かに見慣れない。けれどつい最近見たことがある。だから知っている。 大きく釣り上がった瞳、無愛想に口をへの字に曲げて座っている少年・・ 「あっ、ほら、青葉!あいつ東京からの転校生だって。名前はふかみみち・・」 「みっちゃん!?」 青葉は驚きと嬉しさで栄一の言葉を遮って大きな声で叫んだ。 ーー 「今日は暑いね〜」 志朗の口調はのんびりとしているが、額にはかなり汗が吹き出している。 「梅雨の晴れ間だって。明日からまた雨続きだよ」 青葉は屈伸運動をしながら空を見上げた。 梅雨入りして一週間経つ。 グラウンドは半乾きの状態だが、貴重な晴れだからと外での体育となった。 「100メートルのタイム測るんでしょ。青葉の走り楽しみにしてるよ」 「なんでだよ。去年だって測ってたけど」 青葉は眉間に皺を寄せて口を尖らせた。 「去年は特に気にしてなかったからなぁ、みんなのタイム。覚えてないんだ」 「・・志朗って・・」 そこまで言うと青葉はジッと志朗を見つめる。 「なに?」 悪意のない笑顔で志朗が首を傾げた。 「良い意味でな、人に興味ないよなぁって」 「えぇ、そんなことないよ?」 「いや、本当良い意味でさ。ステータス的なもので人を測らなそうってこと」 「・・そうかな?でもそれが普通じゃない?青葉だってそうじゃないの?」 志朗はグッと腕をクロスさせてストレッチをしながら微笑む。 「・・そういう人間でいたいとは思うけど」 そこまで言ったところで集合の笛が鳴った。 みんなが先生のもとへ集まっていく。 青葉と志朗も同じ方向へ歩き始めた。 人の価値はステータスで決まるものじゃない。 けれど、自分の価値を自分で決めてしまっていることは自覚している。 人に評価されるより自分で決めてしまう方が傷つかないから。 「そういえばさ、どう?青空食堂のSNS」 「え・・あぁ!評判いいよ!志朗見てないの?」 志朗が描いた丸み橋の絵をSNSにあげたのは先週のことだ。最初の桜の絵と同様になかなかの評価を得ている。 フォロワー数も志朗の絵を上げる前より二倍に増えた。 「自分の絵がのってると思うとちょっと恥ずかしくてさぁ〜。でも評判いいならよかった」 「本当ありがとな。協力してくれてさ」 「青葉や青空食堂の役に少しでも立ててるならなによりだよ。それに俺も描くの楽しいし。そろそろ次何描くか決める?」 「あー。そうだなぁ。でもこれからテストもあるし夏休み入ってからがいいんじゃないか?」 「うん?そっかぁ。まぁ、そっちの方がじっくり考えられるかもね。じゃぁ夏休み入ったらやろう!」 「うん、そうしよう」 青葉は笑顔で頷く。 絵を描いてもらうことに躊躇してしまったことを、うまく誤魔化せただろうか。 志朗の絵はすごい。綺麗で繊細で、その作品に青葉自身も魅せられている。 次はどんなものを描いてくれるのか、楽しみで仕方がない。そしてそれをたくさんの人にもまた見てもらいたい。 けれど・・そう思う気持ちと同時に、自分ではそれを成し得ない非力さも実感している。 それは魅せられれば魅せられるほどにだ。 「SNSって言えば学校のやつ見た?この間の農業体験の写真載ってたんだけど青葉のいい写真が載ってたよ」 「えっ?どんな写真だよ」 「顔が土だらけでピースしてる写真。楽しそうだったよ。ちなみに俺も隣で顔泥だらけで写ってた」 「ははっ!まじで?後で見てみる」 「うん、見てみて〜」 志朗はのんびりと微笑みながら言った。 志朗は暖かく穏やかでマイペースだ。 それでいてどこか冷静で物事を俯瞰的に見ている。 不思議な人物だ。 けれど一緒にいて嫌な気持ちにはならない。 むしろ彼が何を考えて何を感じているのか知りたい気持ちが、彼の絵を見たその日から日増しに強くなっている。 魅せられている。 そう、魅せられているのだ。 けれどそれが、彼の絵か彼自身になのか。 それはまだ、よく分からない。 魅せられて転がるように落ちていく。 そんな感情があることを知っている。 夢中になって追いかけていた。 こんなに好きな相手はもうこの先二度と現れないと、あの頃そう思って見ていた。 遠くから・・ 深海道耶の走る姿を・・

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