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第9話

夏休み突入! 青空食堂も一年で一番忙しい時期がきた。 夏の間は開店も午前九時からとちょっと早めだ。 青葉は開店前の外の掃除を終えると、箒と塵取りを置いてグッと背筋を伸ばした。 上を見上げると青い空がどこまでも広がっている。今日もいい天気だ。 「青葉ありがとう。もうちょっとしたら開店の暖簾出すからね」 母親がジョウロを持って店から出てきた。店の前にある鉢植えに水をやるためだ。 「はいよ〜」 青葉は気の抜けた返事をする。 すると遠くから車の音が聞こえてきた。青葉と母親は歩道側に寄った。 この辺りは車道と歩道の間にガードレールなどはないので、車が来たら端に寄るようにと言われている。 とはいえ普段はそこまで車は通らない過疎地域だ。しかし夏の間だけは観光客の車が増える時期なので気をつけなくてはいけない。 車が通り過ぎるのを待っているとやってきたのはマイクロバスだった。 この辺りでマイクロバスを見かけるのは珍しい。 バスの窓ガラスに陽の光が反射して中に乗ってる人達の顔はよく見えなかったが団体客のようだ。 「今のバス、あそこの宿泊所に泊まってる人達ね」 母親はバスが通り過ぎると水をやりながら言った。 「宿泊所って栄ちゃんの父ちゃんの?」 「そうそう。昨日栄一君のお父さんがお昼食堂に食べにきて言ってたのよ。団体客がやってきたって。なんでも泊まるのはあそこの宿泊所だけど、練習は市内のグラウンドまで行くみたいよ。移動が多くて大変よね」 「この辺じゃ練習する場所がないってことかな。なんのスポーツの人達なの?」 「さぁ、そこまでは聞いてないけど。あっ、ほら!そろそろ開店準備よ!」 母は外から店の中に掛けられた時計を見て言った。 「はぁい」 青葉は母親に続いて店内に入る。 宿泊所も団体客がきてきっと忙しいのだろうなと、志朗の顔を浮かべながら思った。 志朗が働き始めたのは一昨日からだが、今のところとくに連絡はない。 仕事には慣れただろうか。今日あたり連絡でもしてみよう。 ーー 「お疲れ様〜、青葉〜」 のんびりとした口調で、志朗がヒラヒラと手のひらを振って近づいてきた。 「お〜。お疲れ様!ほら、ラムネ!」 青葉は橋に足を投げ出して座りながら、志朗にラムネを差し出す。この時期は食堂には大量のラムネが並べられているので、そこから二本貰ってきた。 「わぁ〜、ありがとう」 それを受け取ると志朗も青葉の隣に座る。 「バイトの時間は大丈夫か?」 「うん。今は抜けの時間だから。また5時になったら戻るけどね。夜ご飯の準備が始まるから」 「1日に2回出勤してるようなもんじゃん。結構大変だなぁ」 「でも抜けの時間の方が長いから大丈夫だよ〜。仕事も難しくないしね」 志朗はニコリと笑って言うと、ラムネの栓を開けた。少しだけラムネが噴き出す。 それをチロっと舐めてから、ゴクリと音を立てて飲み出した。 青葉はその様子を見ながら、足をぶらぶらとさせる。 「それ飲んだら飛び込みしようぜ。タオルは持ってきたから」 「えっ、本当?やるやる!あっ、でも代わりの服ないや」 「そう言うと思ってそれも持ってきた。下着からTシャツ短パン一式」 青葉は得意げに服の入った袋を見せつける。 「えぇ〜、下着まで?いいの?」 「あっ、これ新しいやつだから!母さんが変な柄の買ってきちゃって履いてないやつ!さすがに俺の使ってるやつじゃないから!Tシャツと短パンは俺のだけど」 「あはは!変な柄のパンツもらっていいの?」 愉快そうに笑いながら志朗は、袋の中をのぞいた。 「うん、むしろ押し付けるみたいで悪いけど」 「全然〜。下着少なかったからラッキーだよ」 志朗はそう言ってピースしてみせた。 「あ、そういえばさ。絵、下書きまでできたよ。明日か明後日には色塗る予定」 「マジで?!早いなぁ。バイトしてんのに描く時間あるの?」 「仕事ない時間は暇だもん。結構描く時間あるんだよ」 「そうなんだ。団体客がいるって聞いたけど忙しいんじゃないのか?」 青葉がそう言うと、一瞬志朗の瞳が曇ったような気がした。しかしすぐに普段の柔らかな表情に戻る。 「そんなに忙しくないよ、大丈夫」 「そっか。なら夏休み中に動画あげるところまでいけるかな」 「うん、早く青葉に完成を見せたいから俺頑張るね」 「・・本当ありがとうな、志朗」 青葉は志朗の顔をまじまじと見つめて言った。 「志朗にはたくさん協力してもらって本当に感謝してる。お返しに俺で出来ることがあったらなんでも言ってくれよな」 「なんでも?」 クスっと志朗は笑う。 「そんなこと言ったら俺、無理難題なこと青葉にお願いしちゃうかもよ」 「別にいいよ?志朗にはそれくらい感謝してるんだから。何かあるのか?」 すると志朗は口元に指をあて何かを考える仕草をする。それから少しして静かな声で言った。 「・・・夏休み中だけでいいから、俺の希望を聞いてくれる?」 「え・・夏休み中?」 青葉は不思議そうな顔で首を傾げる。 「そう、夏休み中だけでいいんだ。俺の希望を聞いて欲しい」 「・・希望って、例えば?」 「そうだな。今すぐ来てって言ったらすぐ俺のところに来て欲しい。それから家に居てって言ったら外には出ないようにしたり」 「・・なんだそれ?つまり志朗の言うことを聞けばいいってことか?」 「・・うん、そう。ダメかな?」 「・・・」 青葉は川面を見ながら少し考える。 決して難しい話ではない。 それに志朗のことだから突飛なことはきっと言ってこないだろう。 それよりもなぜ、そんなことを希望するのか。その方が気になる。 「・・いいよ。志朗の言う事なんでも聞くよ」 「本当?ふふ、ありがとう」 どことなく安堵したような顔をして、志朗は微笑んだ。その顔を見たら『なぜ?』を追求してはいけない気がして、青葉も誤魔化すように笑った。 志朗がなぜそんなことを望むのか。 この夏休み中、志朗の希望を聞いていればわかるかもしれない。だから今は聞かないでおこう。 「よし!じゃぁそろそろ飛び込むか!」 仕切り直す様に手のひらを叩き、青葉は橋の上に立ち上がった。 「うん!」 志朗も明るく返事をすると青葉の横に並ぶ。 「よし!一緒にいこう!」 青葉の言葉を合図に、二人は勢いよく川の中へと飛び込んだ。 ーー 『今から10分くらい家の中にいてね』 そのメッセージを見て、青葉は『OK』と返事を打つと自分の部屋の窓を開けて外を見た。 もうすぐ十八時になるがまだ陽は高い。 今日は店の手伝いを終えてから部屋でのんびりしていたので、志朗の望みを叶えるのは簡単だ。 志朗の言うことをなんでも聞くと約束してから二日が経った。 あの日から志朗とは直接会ってはいないが、時々先ほどの様なメッセージが送られてくる。 なぜ家から出てはいけないのか? 不思議に思いながらも短い時間なのであまり考えないようにしている。もしかしたら意味はないのかもしれない。 窓の外から車の走行音が聞こえてきた。 見下ろすとマイクロバスが通り過ぎて行った。 志朗のバイト先に泊まっている団体客だろう。練習を終えて帰ってきたようだ。 萩亥佐に泊まっていても、練習を別の場所でやっていては萩亥佐の魅力は伝わらないだろうなぁと青葉はぼんやりと思った。 夜に蛍を見に行ったりはしないのだろうか。あの蛍見橋からは今の時期は蛍がよく見える。 今度志朗に宿泊客にそういう提案は出来ないのか聞いてみようか。 そんなことを考えていると、再びメッセージが入った。 『もういいよ。ありがとう。ところで明日の午後寮に来れる?絵を見てもらいたいんだ』 そのメッセージにすぐさま『大丈夫!』と青葉は返事を返す。 今度の志朗の絵はどんなものだろう。きっとまた人を惹きつける様な素晴らしいものになっているに違いない。 ワクワクしながらも、胸の辺りがチクリと痛むのを感じた。 しかしそれを振り払う様に首を振る。 協力してもらっているのに。 羨ましいなんて思ってはダメだ。 誰よりも志朗の絵の魅力がわかる人間でいたいのだから ・・ ーー 紺碧の空に真っ白な雲が膨れ上がる様に広がっている。 その下を空の色を写しながらも少し透明度のある青色の川が雄大に流れていく様が描かれていた。 「・・・」 青葉はその絵を見てヒュっと息を飲み込む。 「どうかな?」 志朗は自分の椅子に座りながら床に胡座をかいて絵を見つめる青葉を覗き込んだ。 「すっっっごい、いいよ!綺麗だ!」 青葉は言葉を溜めて感動を表現した。 「あはは、よかった。青葉の写真が綺麗だったおかげだよ」 「・・いや、俺の写真なんて別に・・」 青葉が絵から視線を逸らすと、志朗は青葉と同じ目線になるため床に座って言った。 「何言ってるの。青葉の写真があってこそだよ。青葉と俺の共同作品のつもりで描いてるんだから」 「え・・・」 近距離で志朗と視線がぶつかり合う。 こちらをじっと見つめてくる志朗の瞳はとても綺麗でまるで引き込まれそうだ。 青葉はゴクリと喉を鳴らすと誤魔化すように笑った。 「あ、ありがとな!そう言ってもらえると志朗に頼りっきりな罪悪感がちょっと薄らぐよ!」 「・・別に、罪悪感なんて感じなくてもいいのに」 「いや、萩亥佐を有名にしたいって俺の野望にさ、東京出身の志朗を付き合わせてちゃってるの悪いなって思ってたから。でもさ、こうやって志朗と一緒に居れる時間が増えるの、俺楽しいんだ。だから志朗に頼んで良かったって思ってる・・」 青葉の明るい声が柔らかなモノに塞がれ、青葉は目を見開いた。 先ほどまで近距離だと思っていた志朗の顔がゼロ距離のところにある。 なぜだろう? 一瞬思考が追いつかずそんなことを考えたが、すぐに自身の唇に志朗の唇が重なっていることに気がついて青葉は咄嗟に体をのけ反った。 しかし志朗の両手が青葉の両頬を包むように引き寄せ、再び唇が重なる。 「・・ふっ、ぅう」 何かの冗談だろうか? 近すぎて表情は読み取れないけれど、志朗は今どんな顔をしているのだろう。 青葉は薄目を開けながら、志朗が離れるまでその口付けを受け入れる。 ほどなくして、小さなリップ音をたてて志朗が青葉から少し距離を置いた。 呆然とした顔の青葉を志朗はフッと小さく笑って見つめる。 「ごめん。そんな驚かないでほしいな」 悪戯っぽく言うと、志朗は目を細めた。 「青葉が嬉しいこと言ってくれたから、ついキスしたくなっちゃった」 「し、志朗は嬉しくなると・・キ、キスしたくなるのか?」 青葉は顔を真っ赤にして震えながら言う。 「別に誰にでもしたくなるわけじゃないよ。好きだなって思った人にだけだよ」 志朗は青葉の手をソッと取ると、自身の唇に近づけた。 「・・え、す、好きって・・」 「青葉といると俺も楽しい。ずっと青葉と一緒に居たい、そういうの好きってことだと思うんだけど。青葉はどう?」 「・・・お、俺・・?」 困ったように視線を泳がせて青葉は俯いた。 一体志朗はどんなつもりで言っているのだろう。 青葉が同性を好きだったことを志朗は知っているのだから、考えなしにこんな発言をしている訳ではないはずだ。 けれど『好き』の意味を履き違えてしまったらとんでもないことになる。 友人ですらいられなくなってしまうのはもう嫌だ。 青葉が返答せずに俯いていると、志朗がポンと青葉の頭に手を置いた。 「そんなに考え込まないでよ。じゃぁこれは俺からのお願い。夏休み中は俺のこと沢山考えて欲しい。それで出来るなら一緒に居て欲しい」 「・・そんなの、お願いされなくたって・・」 そこまで言って青葉は口をへの字にして黙る。 そんなこと言われなくても、最近はずっと志朗のことを考えてる。 彼自身の柔らかな雰囲気や彼が描く絵に、もうずっと魅せられているのだ。 「ね、青葉?」 駄目押しされるように志朗に微笑みかけられ、青葉は小さく頷いた。 また、誰かに夢中になるのは怖い。失った時の寂しさを感じたくはないから。 けれど、この夏はお願いされたから。 それを言い訳にして、志朗のことを沢山考えてみてもいいのだろうか。 道耶がいなくなってから、気持ちを伝えなかったことを後悔した日もあればしなくて良かったと思う日もあった。 そもそも、気持ちを言ったところで拒否されるしかなかったはずだ。 ただ・・伝えなかった気持ちだけが宙ぶらりんで行き場をなくし、そのせいで未練がましく引きずってしまっている。 しかしそれも、志朗の存在が上書きしてくれるのかもしれない。 以前よりも道耶のことを考える時間は短くなった。 もしかしたら、このまま。 道耶で占めていた部分が全て志朗に変わっていくのかもしれない・・ 志朗のアルバイトは次の日からも続いた。 青葉も朝から店の手伝いだ。 一緒にいる、と言ってもなんだかんだ時間が限られてしまう。 一日の中で会えるのは、青空食堂のピークが過ぎ、志朗の夜の仕事が始まるまでの午後二時から五時までの間が主だった。 二人で会うのは大抵丸み橋の上だ。丸み橋は友人や観光客が来ることもないので逢瀬にはピッタリだった。 川に飛び込んで遊んだり、志朗の絵を元に動画を撮って編集したりする。 志朗のバイトが早く終わった日には、一度蛍を見に行った。 もちろん場所は蛍見橋、つまり丸み橋だ。 真っ暗な中に浮かぶ優しく仄かな光を志朗が珍しげな顔で見つめる。 蛍を見るのは初めてだそうだ。青葉は志朗にこの綺麗な光景を見せることが出来て嬉しかった。 それからも友人となんら変わらない雰囲気で二人で過ごす時間は流れていった。けれど穏やかなようで心臓はドクドクと速く、落ち着いているようで落ち着かない、不思議な気持ちだ。 確実に友情とは違う感情が育っていっている。 それを自覚しながらも、青葉はそんな日々を楽しく思った。 志朗とのそんな関係が始まって五日目。 夜、志朗から思いがけないメッセージが届いた。 『明日、俺の寮の部屋で一日一緒に過ごしたいな。朝から夜まで、ダメかな?』 唐突な誘いに青葉はスマートフォンの画面をじっと見つめる。 どういう意図が含まれた誘いなのだろう。明日は志朗のバイトはないのだろうか。 『明日バイトは?』 とりあえずの疑問を送ってみる。 すると返事がすぐに返ってきた。 『明日は休みにしてもらった。だから一緒にいたいな』 「・・・」 わざわざ休みにしてもらったということだろうか。 それならばこちらも合わせるべきだろう。志朗のお願いを聞いてあげる、という約束はまだ生きているのだ。 『わかった。俺も明日食堂の手伝いなしにしてもらう』 そう送ってから、青葉は自分のベットに倒れ込んだ。 志朗の寮の部屋には何回も行っている。今更緊張することではない。 けれど・・きっと、今回は今までとは違う。 そんな予感がして青葉は胸を抑えて目を瞑った。 「いらっしゃい」 部屋の扉をノックしたら、志朗がすでに私服に着替えた状態で出迎えてくれた。 「・・なんだよ。今日はもうちゃんと起きてるんだな」 普段通りを装うために、青葉は唇を尖らせながら部屋に入った。 「休みの日ならいつもはこの時間まだ寝てるだろう?」 時刻は午前八時半。 人の部屋を訪ねるには少し早い時間だ。しかし志朗に九時前には来て欲しいと言われたので、青葉は躊躇いつつもやってきた。 「今日は青葉が来るから部屋綺麗にしようと思ってさ。早起きした〜」 志朗はそう言ってピースして見せる。 「今、寮残ってるのって志朗だけ?他の人の気配しないけど」 青葉は部屋を見回しながら、真ん中の空いたスペースに腰を下ろした。 「そうだよ。みんな実家に帰っちゃった。だから寮の食堂もお休みなんだ。でも食事は頼めば先生の仕出し弁当一緒に注文してもらえるし、バイトの日は賄いでるからちょうどいいよ」 「そっか。でも今日は?昼うちの食堂食べに行くか?」 「・・今日は一日ここにいて欲しい。大丈夫。昨日バイト先で分けてもらったおかずとかパンがあるから」 そう言って志朗も青葉の隣に腰を下ろす。 不意に近距離で視線がぶつかり、青葉は気まずそうに横に目をやった。 「あはは。そんなに意識した顔しないでよ。今日は動画仕上げてアップできたらいいなと思ってただけだよ」 「えっ・・な、なんだよ!だったらそう言ってよ!」 青葉は顔を真っ赤にして志朗を睨みつける。 「・・でも、その反応は俺にはプラスだって思っていいのかな?」 「え・・」 唇に温かい感触が伝わり、青葉は目を見開いた。口を塞ぐように力強く唇を押し付けられ、青葉はバランスを崩して膝で体を支える。 「・・ぅん、しろ・・」 なんとか声を発して止めようとするが、押す力に勝てず青葉はそのまま床に仰向けに倒れ込んだ。 しかし志朗は止めることなく口付けを続ける。 志朗の舌が口内に入ってきたのがわかり、青葉はビクリと肩を震わせた。 「・・ぁっ・・ふ」 初めてのことで、何をどう対処すればいいのかわからない。 青葉はキツく瞳を閉じると、されるがままに志朗に口内を弄ばれる。その動きがあまりにも自然で、志朗がこういうことが初めてではないのだということが嫌でも伝わってきた。 「・・青葉、大丈夫?」 ふいに志朗の声が降ってきて、青葉はそっと目を開く。少し頬を紅潮させいつもよりもさらに蕩けたような瞳の志朗の顔が目の前にあった。 よく知っている相手なはずなのに・・けれど初めて会ったようなそんな感覚だ。 あんな・・濃厚なキスを平気でしてきて、濡れた瞳で見つめてくる。 これが、東京にいた頃の志朗なのだろうか。 「・・・志朗は、今まで何人と付き合ったの?」 「え・・なに、急に?」 困ったように眉を下げながら志朗が笑った。 「だって、すごい慣れてる感じだがら。何人くらい?」 「え〜。そんなに沢山じゃないよ。付き合ってる時はちゃんと真剣に付き合うタイプだよ、俺」 ヘラっと笑みを浮かべながらもじっとこちらを見てくる。 おそらくそれは嘘ではないのだろう。 「・・志朗は今まで女の子と付き合ってたんだよな。それなのに俺とこんなことして大丈夫なの?なんか、違うって思わない?」 「・・・思わないよ。こんなことしたいって思う相手が今青葉なんだよ。男とか女とか関係なくて」 「そう・・・なのか」 青葉は志朗に馬乗りにされたまま、恥ずかしそうに顔を横に向けた。 「青葉、好きだよ」 ふいをつかれるように言われ、青葉は横に目を向けたままグッと息を飲み込む。 「青葉はどう?」 「・・・」 答えていいだろうか。 惹かれていると。この数日間、志朗のことをたくさん考えた。考えたというよりは、ずっと頭から離れなかったのだけれど。 それはきっともう、答えが決まってしまったということだ。 「・・・俺も、好き」 ポツリと呟きながら、両腕で目元を覆った。 「俺も志朗が好き。志朗のことも志朗の描く絵も、全部。もう・・多分ずっと前から好きだった」 「・・・本当?」 柔らかい志朗の声が聞こえ、青葉は目元を隠したまま頷く。 「青葉、顔見せて」 優しく両腕を掴まれ、そのままゆっくりと引き剥がされ目の前が広がっていく。 嬉しそうに笑う志朗と視線がぶつかった。 「はは。青葉の顔真っ赤」 「あ、当たり前だろ!今めちゃくちゃ恥ずかしいんだよ!志朗みたいに余裕ないの!」 「俺も、余裕なわけじゃないよ。すごい心臓ドキドキしてる」 志朗はそう言って、青葉の手を取ると自分の胸に当てた。 トクトクと優しい鼓動が伝わってくる。 「・・ほんとだ。志朗のここ、揺れてる」 「ね?青葉と一緒だよ。だから、恥ずかしがらないで大丈夫」 志朗は柔らかく微笑むと、再びそっと唇を近づけてくる。 今度は青葉も自然に瞳を閉じてそれを受け入れた。 —・—— 今、何時くらいだろう。 薄暗い中にぼんやりと浮かぶ志朗の綺麗な肌を見つめながら青葉は思った。 部屋の電気を消してみたけれど、窓から入ってくる太陽の光が部屋の中を優しく照らす。 あまり意味はなかったが、明るい電光の下で身体を見せるよりかは幾分マシだ。 ゆっくりと志朗に解されていく身体が、違和感と少しの痛みから快感へと変わっていくのにそんなに時間はかからなかった。 「・・っ!あ、あぁ・・」 志朗の長い指が気持ちのいいところにあたり、青葉は思わず喘声をあげて身体を拗らせる。 「ここ気持ちいい?」 志朗は微笑むと、さらに先ほどの場所を刺激してきた。 「や・・やだっ!・・し、志朗・・」 青葉はグッと志朗の腕を掴むが、快感に体が震えて力が入らない。 「ぅう〜・・あっ・・」 「大丈夫。大丈夫だよ、青葉」 まるで宥めるなうな物言いで、志朗が青葉の耳元で呟いた。 「だいぶ柔らかくなったね。いいかな・・」 その言葉が何を意味するのか。青葉にもそれはわかっている。 ゴクリと唾を飲み込むと、すでに露わになっている自分の下半身に目を向けた。 ふいに腰を持ち上げられ、志朗の足がその下に入り込む。 志朗は青葉の蜜孔を広げるように両太ももを掴み、そこに熱を持った自身をあてがった。 「ゆっくり挿れるから・・」 そう志朗が言うと、すぐに熱いものが自分の中に入ってくる感触があった。 しかしスムーズにというわけではない。 少しずつ、ゆっくり圧を持って入ってくる。 「うぅ・・ふ・・」 熱から与えられる痛みに耐えるように、青葉はキツく目を閉じた。 「大丈夫?青葉」 志朗の汗ばんだ手のひらがそっと青葉の額に触れる。 目を開けると志朗が心配そうに覗き込んできた。 「全部、入ったよ。動いてもいい?」 「・・いい。けど、ちょっとずつでお願い、します」 恥ずかしさと痛みと興奮で、少し混乱した頭で青葉は呟いた。 「うん。わかった」 ズズっと中の熱が動き始める。 「・・あっ・・はっ・・あ」 それは擦れるたびに、痛みなのか快感なのかよく分からない刺激をもたらしてきた。 「うぅ・・あっ・・・やぁ・・」 「っつ・・・青葉・・」 「あっ・・!しろ、志朗・・やだ・・ぁ」 「・・・ふっ・・っつ」 志朗の動きが速くなってくる。 それと同時に先ほどまで感じていた痛みはどこかに消え、頭が真っ白になるような気持ちよさと熱さだけが全身を包み込む。 「・・はぁ・・っう、あおば・・あおば・・」 「あぁ・・ぅっ・・あっ!あっ・・あぁ!」 激しく打ち付けられる熱に合わせて、青葉の欲も爆発しそうなくらい込み上げてくる。 青葉は両腕を志朗の背中に回すと、しがみつくようにしてキツく抱きついた。そうしないと、まるで身体がバラバラにでもなってしまいそうな気がしたからだ。 「・・あおば・・ごめ・・でる・・」 「ぅ、うん・・あっ、俺も・・」 お腹の中に熱いものがドクドクと流れ込むのを感じたと同時に、自身の熱が外へと放たれる。 目の前がチカチカして、何も考えられない。 志朗の肩が激しく上下している。彼がこんなに興奮しているのを見たのは初めてだ。 「はぁ・・はぁ・・」 「・・ふっ・・はっ、はぁ・・」 二人で荒い息を整えながら、落ち着くまで青葉は志朗の暖かな身体を優しく抱きしめた。 「大丈夫?青葉」 志朗はゆっくりと青葉の上から離れると、ベットに腰掛けて聞いた。 「うん。身体はダルい感じだけど大丈夫」 青葉はまだ裸で横になったまま答える。 全裸を見られるのが恥ずかしいと思っていたはずなのに、なんだかすっかり麻痺してしまった。 「お腹すいたよね。何か食べようか」 「今何時だ?えっ、もう一時?!」 青葉は床に転がっていた自身のスマホに手を伸ばして時刻を確認する。 「どうりでお腹ぺこぺこのはずだー!何か食べようー!」 ぐっと一度大きく伸びをすると、青葉はベッドから起き上がった。しかし腰のあたりが痛く、立ち上がるにはまだ力が入らない。 「無理しないで、青葉。俺冷蔵庫から何か持ってくるよ」 志朗はそう言いながら脱ぎ散らかしていたシャツを着る。それから近くにあった短パンを履くと部屋の扉を開けた。 「青葉は休んでて。あと服着ときなね。エアコンで体冷えてきちゃうよ」 「うん、わかった」 志朗は青葉の返事を聞くと、ニコリと笑って出て行った。 下の食堂にある冷蔵庫は寮生は自由に使っていいそうだ。みな自分の飲み物や買っておいた食べ物を入れているらしい。 電子レンジと電気ケトルもあるから食べ物を温めることもできる。 食堂が閉まっていても、うまいことやっているのかなと青葉は思った。 ふいにエアコンの冷たい風があたり、青葉は慌ててシャツに手を通す。 先ほどまで身体は熱かったが、汗をかいた身体ではあっという間にエアコンの風で冷やされてしまいそうだ。 青葉はふと窓に手を当てた。真夏の太陽の光で熱くなっている。 先ほどまでずっと締め切っていたのだから、少し空気の入れ替えはした方がいいかもしれない。 鍵を外して静かに窓を開けた。 ムワッとした暑い空気が入り込んでくる。 青葉は思わず顔を顰めた。 空気の入れ替えは数秒でいいか・・ そう思いながら窓の外を眺めていると、ランニングをしている人影が見えた。 こんな暑い中で?大丈夫なのか? その様子を見つめていると、ランニングをしている人影が一人ではないことに気がついた。 何人もの人がそれぞれのペースで走っている。 寮から少し離れた道路沿いを走っているのでハッキリとは分からないが、高校生くらいだろうか。しかし地元の人間ではなさそうだ。 もしかしたら合宿にきている人達かもしれない。 こんな暑い中練習するなんて、やはり長期合宿をするような部活は違うんだなと青葉は思った。 道耶がいった高校もきっとこんな感じなのだろう。彼もこの夏休みは帰省せずに部活動に励んでいるに違いない。 とは言っても、もし道耶が帰省するとしたら東京の家になるのだろう。ここに来ることはきっとない。 「なに、見てるの?」 後ろから声がして、青葉はギクリとして振り返った。 志朗が手にタッパーやパンを持って扉の前に立っている。 しかし表情がどことなく冷たい。 先ほどまで志朗と身体を重ねていたのに、昔好きだった人のことを考えていたことを見透かされてしまったのだろうか。 「あっ、いや。別に・・」 青葉が目を泳がせながら答えると、志朗は勢いよく部屋に入ってきて窓をピシャリと閉めた。 「・・クーラーの冷たい空気が逃げちゃうよ?」 口元で笑みを浮かべながらも、瞳はまだどこか冷ややかだ。 「ご、ごめん。空気の入れ替えしようかなって思って・・」 「・・あぁ、そっか。ありがとう・・」 志朗は手に持っていた食べ物を机に並べる。それから横目で青葉の方を見つめた。 「何か見てたけど、外に誰かいた?」 「え・・あっ、この暑い中走ってる人達がいてさ。それで大変だなぁって思って見てたんだよ!」 決して道耶のことが頭によぎった訳ではないと、誤魔化すように明るく青葉は話す。 「あの人達、志朗のバイト先で合宿してる人達じゃない?」 「・・・」 志朗は無言のまま、机に置かれた二つのコップにお茶を注いだ。それから一つを青葉の方に差し出してから口を開いた。 「そうかもしれないね。でも明日で帰るから。あんまり関わることはなく終わっちゃいそう」 「あ、明日が最終日なんだ。なんかあんまり見ることなかったから、萩亥佐に長い期間居てくれた感じしないなぁ」 「・・練習場所は別だったみたいだからね。仕方ないよ」 「そういえばそんなこと母ちゃんが言ってたなぁ。あれ、でも今日はそこの道路走ってたけどなんでだろ?」 「・・・さぁ。ねぇ、それよりもさ」 志朗がタッパーの蓋を開ける。美味しそうな匂いが鼻先に漂ってきた。 「お腹空いたからご飯食べよ?」 「あっ、うん!そうだな!」 青葉は目の前の料理に目を向ける。ちょっとずつ色々なおかずが入っている。 志朗が食堂にある電子レンジで温めてきてくれたようだ。 「美味しそう!!」 「ね、いっぱい食べてよ。それでさ・・」 志朗は垂れた綺麗な瞳を光らせてこちらを見つめる。 「食べ終わったら、また・・さっきみたいなことしよっか」 「えっ!!」 箸で摘みかけたおかずをポロッと落として青葉が叫んだ。 「さっ・・さっきみたいなことって・・」 「えっ、だめかな?だって俺達、恋人同士になったんだし」 志朗が微笑みながら首を傾げる。 「こ、恋人・・」 「あれ、違うの?俺はそう思ってたんだけど・・青葉の中では俺はまだ友達?」 「・・・」 突然の『恋人』という言葉に戸惑って青葉は頬を染めて固まる。 しかし決して嫌な訳ではない。 ただそういう発想に至らなかっただけだ。 気持ちが通じ合い、好意を抱いている者同士なら恋人という関係になれるということを。 「ち、違う。志朗はもう、友達じゃない・・だって、あんなこと・・したんだし・・」 青葉はしどろもどろに話しながら恥ずかしそうに目線を下にやる。 「そうだよね。セックスしといて友達のままだったらセフレになっちゃうもん」 「せっ・・?せっ・・・!」 今まで縁もゆかりもなかった卑猥な単語を志朗が平気そうに言うので、青葉は目を丸くさせた。 「あはは。青葉は可愛いなぁ。俺、嬉しいよ。青葉と付き合えるの」 「・・・お、俺も・・」 愉快そうに笑う志朗を見て青葉はポソっと口を尖らせる。 「志朗と、特別な関係になれるが嬉しい。そばに・・居て欲しいから・・」 「うん、大丈夫。俺はいるよ、青葉の隣に」 「・・・ありがとう、志朗」 青葉は安心したように微笑む。 それから目の前の料理に目をやった。 「お腹空いたしご飯食べよっか」 両手を合わさていただきますのポーズをする。 そんな青葉を見て、志朗も嬉しそうに笑って頷いた。 穏やかで甘くて温かい、志朗との特別な関係の始まり。 どうか、少しでも永く続きますように。 寂しさも少しの劣等感も、彼なら優しく包んでくれる。 そんな気がするから。

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