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第10話

何かに、固執することは破滅行動のようなものだと思った。 自分でどうにもならないものに身も心も委ねるなんて、ぬかるみに足を突っ込んでいるようなものだ。 油断すればすぐに足元を掬われる。 なのに・・そのぬかるみに自ら足を突っ込んだ。他の人を蹴落としてまで。 欲しいと思ってしまったから。 だからだろうか。 あの日からずっと・・足が重い。 ーー 「あー、寒い!もうすぐ12月だもんな。一年て早いわぁ」 青葉がネックウォーマーに顔を埋めながらため息を吐いた。 「来年は受験生だもんねぇ」 のんびりした口調で志朗が言うと、青葉は「あー、やめてー!」と両耳を手で覆う。 「まだ考えたくない!受験とか!勉強とか!」 「でも考えなくちゃ。進路調査票出さなきゃだもんね」 「う・・志朗がしっかりしたこと言ってる」 「俺は結構しっかりしてるよ〜」 ケラケラと笑いながら二人で青葉の家へ向かう。 学校が終わると、青葉の部屋に二人で行くのがすっかり習慣となった。 青葉の両親は仕事が終わるまで家には帰ってこない。いとこ達も小学生になったので、面倒を見ることは減ったそうだ。 青葉は夕食時になると食堂に食べに行っている。 今日もその時間まで二人で部屋で過ごす予定だ。 「志朗、ストーブの前いろよ!すぐ暖かくなるから!」 青葉か部屋に入るなりストーブのスイッチを入れる。 志朗は軽く頷くと、ゆっくりと床に腰を下ろした。それから青葉の背中に問いかける。 「青葉はさ、実際どう考えてるの?卒業後の進路」 「えぇ?俺?うーん。やっぱり県内の大学かなぁ。できたら家から通いたいけど」 着ていたブレザーを脱いで、青葉は志朗の隣に座った。 「・・志朗は、東京戻るんだよな?きっと」 「・・・」 否定も肯定もせずに志朗は薄く微笑む。 進路の話が学校で出るようになってからこの話題は数回青葉とした。 最初は誤魔化すように「どうかなぁ」と笑っていただけだったが、最近は変な期待はさせられないと思っている。 ブブッとポケットに入れたスマホが振動した。 「ごめん、ちょっと」 そう言って志朗はスマホの画面を確認する。 青葉は進路の話題が切られたことに不満があるのかため息をついた。 「なに?誰から?」 「・・兄貴からだよ。いつものこと。冬休みは戻るのかって」 「あぁ。戻る予定なんでしょ?」 「うん、そうだね・・」 志朗はスマホをキツく握りしめる。 青葉は目を細めて横目でこちらを見てきた。 「志朗、他にも東京の友達から連絡きてたりするんじゃないの?女の子とか」 「ええ?別にそんなにこないよ。たまにだよ」 「きてはいるんじゃん!あっ、もしかして冬休み、戻ったら会う予定だったりするんじゃ・・」 「会わないよ。青葉がいるんだから」 志朗はそう言って青葉の頬を撫でた。 青葉は恥ずかしそうに口を尖らせたが、すぐにそっと目を瞑る。それを合図に志朗は優しく唇を重ねた。 付き合ってみて意外だったのが、青葉が思っていたよりも嫉妬してくれることだ。 今までの自分の言動のせいかもしれないが特に東京からの連絡には敏感に反応する。 元カノや中学時代の女友達からの連絡は時々あるが、青葉が気にするようなことにはならいように返信は最低限にしている。 下手に切っても面倒くさいのでその加減は難しい。 「・・っ。うん・・」 「気持ちいい?青葉」 志朗がわざと青葉の耳に唇を触れさながら囁いた。 「ぅん・・」 素直にコクンと頷き、青葉は志朗の首元に両手を回す。それから身を委ねるようにピタリとくっついた。 唇の触れ合いから少しずつ身体の愛撫に移り、最後は身体を繋げる。 最近の放課後はいつもこのパターンだ。 セックスが終わると二人で一緒に青葉の家を出て、青葉は食堂へ志朗は寮へと帰って行く。 日が暮れるのも早くなったので、外に出る頃には辺りは真っ暗だ。 「ああー。もうすぐ期末かぁ。勉強ちゃんとやらなきゃなぁ」 青葉が大きなため息を吐いた。 「今回のテスト結果で、来年の進路指導の仕方も決まるらしいし。本当どうしようかなぁ」 「青葉、進路のこと本当に迷ってるんだね。そんなに悩んでるのも珍しい気がするよ」 「・・そりぁ、迷うだろ・・」 青葉はそう言ってチラリと志朗を横目に見た。 何を言いたいのかはわかっている。 けれど・・・ 「ねぇ。俺やっぱり冬休みは東京戻るのやめるよ。だからさ、たくさん遊ぼう」 志朗は話題を変えるように明るく言って笑った。 「え、でも帰ってこいって言われてるんだろ?」 「・・うん。でも大丈夫。青葉と一緒に初詣行きたいしね」 「・・・そ、そっかぁ」 青葉は照れくさそうに頬を染めて頭を掻く。 嬉しいのを必死に隠している感じだ。 その様子を見て志朗は胸の奥がぎゅっと痛むのを感じた。 もう少し、もう少しだけ。 彼の横にいたい。心を落ち着けられる暖かさに触れていたい。 この先の未来で、その余熱だけで生きていけるように。 ーー 期末テストの結果を青葉が苦々しそうに睨みつけるのを笑いながら、クリスマスは青空食堂で過ごした。 青葉の家ではクリスマスは親戚が集まって食堂でパーティをするのが恒例らしい。 今年はそこに招待してもらい、美味しい料理をご馳走してもらった。ケーキも手作りなことに志朗は感動した。 今までの人生でケーキは市販の物しか食べたことがなかったからだ。 きっとこれが青葉の育った味なのだろう。天然の穏やかさの素なのだ。 「美味しかったです。ご馳走様でした」 志朗は青葉の家族にペコリと頭を下げると扉を開けた。 外は暗いがポチポチと小さな街灯の灯りが等間隔で見える。 「またいらっしゃい。気をつけてね」 「はい、おやすみなさい」 「あ、俺そこまで送ってく!」 志朗が一歩外に出ると、その後を青葉が急足でついてきた。 「もう暗いから危ないよ」 「大丈夫だって!慣れた道だぞ」 青葉は歯を見せて笑うと志朗の横に並んで歩き始めた。 それから少しモジモジとした後、後ろ手に持っていた物をパッと前に差し出してみせた。 「はい、これクリスマスプレゼント!」 「え・・」 志朗が視線を青葉の手元に移すと、ロール状にくるりと巻かれた筒状の物が目に入った。 「え、っとこれは・・」 「あ、わかんないか、これ色鉛筆!」 青葉はそう言うとクルクルと巻かれた布製のケースを広げてみせる。中には鮮やかな色鉛筆がビッシリと並べられていた。 「志朗へのプレゼント何がいいかなって思って調べてたらさ。こういう持ち運びしやすい布製のケースの色鉛筆見つけてさ!これだって思ったんだよね!それですぐにネットで注文したんだ。ラッピングするの忘れちゃったんだけどさ」 少し恥ずかしそうに青葉は頭を掻く。 志朗はそれを受け取るとまじまじと見つめながら言った。 「あ、ありがとう。ビックリした・・すごい、嬉しい」 「えー・・へへ。志朗にはもっとオシャレな物の方がいいかとも思ったんだけどさ。俺自分のセンスに自信なかったからさぁ、文房具でごめんな」 「ううん。今までのプレゼントの中で一番嬉しいよ。ありがとう・・」 志朗は手に持った色鉛筆をギュッと握りしめる。 「あの、ごめん・・俺、今プレゼント何も用意してなくて・・」 「えっ!あ、いいっていいって!俺が勝手に用意しただけなんだから気にするなよ!」 両手を胸の前で振りながら青葉は笑う。 「志朗には本当に感謝してるんだ。食堂のSNS、見てくれる人すごい増えたし、全部志朗のおかげ」 「・・青葉が頑張ったからだよ。萩亥佐のためにさ。俺も青葉のおかげでここがすごい好きになった」 「本当?俺、その言葉が聞けただけで最高のプレゼントだ」 「・・・」 輝くような笑顔の青葉にそっと顔を近づけて、優しく唇を重ねる。 小さな街灯の光しかない暗い道なら、きっと誰にも見られないだろう。 青葉もそう思ったのか抵抗することなく、瞳を閉じて口付けを受け入れてくれた。 寒いけれど暖かい。 ずっと、このまま— なんて思いが胸を掠めるけれど、でも・・・ 志朗はゆっくり青葉から離れるとじっと彼の瞳を見つめる。 それから目を細めて穏やかに微笑んだ。 「俺、青葉と少し遠出がしたいんだ。その旅費がクリスマスプレゼントでもいいかな」 「え・・遠出?遠出ってどこに・・」 キョトンとした顔で青葉は首を傾げる。 「それはまだ秘密。春休みがいいな、一泊で。ね、いいかな」 「そりゃ、志朗と旅行できるのは嬉しいけど・・でもすごいお金かかるんじゃないの。俺自分の分は出すよ」 「いいんだ。俺がそうしたいから。大丈夫」 志朗は両腕を広げると青葉の背中に回して強く抱きしめた。 「え、うわ!なに?」 「少しだけ。お願い」 「・・・うん」 青葉は戸惑いながらも志朗の胸の中に顔を埋める。 志朗は青葉の温もりを感じながら空を見上げた。 沢山の星が輝いて見える。 東京の空では絶対に見えない量の星だ。 志朗はふと夏に見た蛍を思い出した。 あの時も同じ、暗闇に浮かぶ光に感動した。 暗いから綺麗で、輝いて見える。 でも・・明るい所へ戻ったらまた気付けなくなるのかもしれない。 こうやって純粋に楽しいと思える時間も、素直に誰かを愛しいと思える気持ちも。 忘れたくない。 いや、きっと大丈夫。 綺麗なものを綺麗だと、素直に思えた瞬間が自分にもあったことを忘れなければ。 ここに来る前の自分には戻らない。 だから、ちゃんとケジメをつけて。 さよならの準備をしよう。

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