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6 フラットコーデットレトリーバー
両手を握りしめて、首をすくめ、両目をぎゅっと閉じて、彼の怒りが過ぎ去るのを待つ。
これは、妹のシェリルが癇癪を起こした時に、じっと耐えるときの姿勢だ。
こうしていると、シェリルが勝手に諦めてどこかに行く。
数分して、彼は「はぁ…」と大きなため息を吐いた。
その声に恐怖を感じて、僕は体がビクリと震えた。
「シエルの気持ちはよく分かった。
が、俺はこの婚約を白紙に戻すつもりはない。
貴殿を逃がすことは出来ない」
「えっと…、僕は逃げたりしません」
僕が彼を見上げると、ポカンとした顔をした後に、心なしか頬を染めて
「そうは言っても…、ヒートはどうするんだ」
と狼狽えて言った。
2か月後にくるであろうソレの存在を思い出した。
「今までも一人で過ごしてきましたから、お気になさらないでください。
匂いでご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが…、あ、でも番になるとフランツ侯爵様以外には影響がでなくなると聞いたことがあります!
侯爵様へは変わらず迷惑が掛かってしまうかもしれませんが、首を嚙んでいただいても…」
僕がベラベラと話していると、侯爵様が「もういい!」と声を荒げた。
「貴殿の気持ちは大いに理解した。
が、もっと自分を大事にしろ。
私以外のα前では決して噛んでいいなどと言うな」
と、厳しい声色で言われた。
すっごく顔も怖いし…
僕はしゅんとしつつも
「侯爵様以外に言うわけないじゃないですか。
頭の悪い僕だって、夫がいるのに他のαとなんか番いません」
と、不貞腐れたようなセリフを言ってしまった。
侯爵様が驚いた顔で固まっている。
途端に自分の失言に気付き、「も、申し訳ございません!無礼な態度を取りました」と低頭した。
「いや…、構わない。我が妻となるのだから、言いたいことがあれば遠慮せずに言うといい」
今一つ、彼の地雷は分からないけれど、基本的には寛大な人なのだと思う。
でも、失礼なことは絶対に言わないほうが良い。
僕が「お心遣いありがとうございます」と言うと
彼は「少し考えを整理してくるから、夕食まで自室でもどこでも見て回るといい。基本的に俺の書斎以外は出入り自由だ」と言ってドアに向かう。
僕がそれを目で追っていると、不意に振り返り、「食事は別々が良いならそうするが」と言った。
一瞬、言われたことがすぐに理解できずに間が出来てしまったけれど、僕は慌てて「一緒が良いです!」と元気に返事してしまった。
そう、元気すぎるくらいデカい声で…
侯爵様はポカンとした後、噴き出して「そんなに熱烈に誘われるとは思わなかったな。シエルがそんなに言うならそうしよう」と肩を震わせて言った。
そんなに笑わなくても!と思いつつ、笑っている侯爵様は親しみやすく優しいお顔になる。
まるで黒くてデカい大型犬みたいだ。
かつて実家で飼っていた黒いフラットコーデットレトリーバーのルルを思い出しつつ、「ご一緒できてうれしいです」とぎこちなく言った。
笑うことに満足した様子の侯爵様は、今度こそ退室した。
※フラットコーデットレトリーバー:ほぼ黒いゴールデンレトリバーです!性格も友好的で、黒くて目が茶色いです🐕🦺
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