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15 来訪者(テオドール視点)

激しい雷雨の中、帰宅すると、セバスが赤ワインの瓶をもって歩いているところに遭遇した。 「旦那様、おかえりなさいませ」 「ああ。それは、シエルが飲むのか?」 「はい。シエル様が雷を恐れていらして…、酩酊すれば眠れるからと」 以前、シエルがはぐらかした『たまに酒を飲む』の”たまに”が、こういう日であることを悟った。 「シエルはあまり酒に強くないと聞いたが、ワインなんて飲んで大丈夫だろうか」 俺がそう言うと、セバスは「そうでございましたか」と驚いていた。 「実は既に1杯飲まれていて上手く眠れなかったようです」とも。 「旦那様はすぐに眠られますか?」 「いや、湯汲みをした後に、少し仕事をする」 「左様ですか。シエル様もご心配されています。 お早めにお休みくださいませ」 「ああ」 セバスのリップサービスかもしれないが、シエルが少しでも俺の事を気にかけているのならば嬉しい。 あちらから『望まない結婚だ』と言われたときは、怒りで我を忘れそうになったが。 ひとまず、雨で冷え切った体を温めるべく、バスルームに向かった。 髪を乾かすのもほどほどに、俺は書斎で持ち帰った仕事を片付けていた。 トントンと、控えめなノックの音が聞こえる。 すぐに時計に目をやり、今が0時だということを確認する。 こんな時間に…、誰だ? 「入れ」と、声を掛けたが、ドアは開かず、また控えめなノックの音が鳴った。 …、一体なんだ? 俺は不思議に思いながらも、書斎のドアを開けた。 そこには、床に座り込んだシエルがいた。 「シエル!?」 俺が驚いて大きな声で呼ぶと、シエルは緩慢な動作で顔を上げた。 目が合うなり「あ、テオドール様ぁ」と笑顔になった。 な…、んだこの可愛い生き物は… 俺はとっさに胸を押さえる。 最近、シエルと接すると、苦しいくらいに胸が騒ぐことがある。 「床に座っていたら体が冷えるだろう」と、シエルを抱き上げると、「ふふっ、高~い」とはしゃいだ声を上げた。 「書斎に来るとは珍しいな」と呟きながら、とりあえず書斎に戻ると、「あ…」と彼は声を漏らしてたちまち泣きそうな顔になった。 「どうした?どこか痛むのか!?」 俺が慌ててシエルの顔を覗き込むと、彼は目に一杯涙を浮かべて「書斎は立ち入り禁止って言われたのに…」と言った。 俺はその涙を服の袖で拭いてやりながら「禁止とは言っていない。俺が不在の時に入り込まれたらまずいが…、俺がいるときはシエルなら来ても良い」と言った。 仕事の合間にシエルの顔が見れるなら、俺にはご褒美だ。 「本当?来ても良い?」 酔っているせいか、敬語が抜けていて、それすらも可愛らしいと思ってしまう。 それに、25歳と言えば立派な成人だが、Ωだからかシエルは片手でも持てるほどに軽く、華奢で子供に見えてしまう。 遠くでまだ少し雷が鳴っている。 その音に合わせて、シエルの体が強張る。 まだ仕事は残っているが…、「シエル、もう寝よう。朝には雷は去っているだろう」と俺が言うと、彼は頷いて俺の胸元の服をきゅっと握った。 「一緒に寝てくれるのか?」 セクハラだと言われないよう、念のため確認する。 彼は、胸に顔を寄せてコクコクと頷いて見せた。 …、手を出さずに朝を迎えられるだろうか… これだけ近づいたのは初めての事で、今さらながらシエルの香りを意識する。 シエルからは、スズランのような甘く上品な香りがして、一瞬クラっとしそうになった。

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