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21 いざ、登上
「それはそうと、シエルはお兄様の職場に行ったことは?」
出された焼き菓子を食べ終え、マギーが僕に訊いた。
「職場…?」
「ええ、騎士団よ。
…、行ったことないの?」
「ない…、です」
マギーの表情がスンっとなったことが恐ろしくて、僕は語尾が震えた。
やっぱり、家に引きこもっている侯爵夫人なんて、失格だろうか。
「お兄様ったら、本当に信じられない!
あの武骨で筋肉だるまの熊のようなお兄様が、唯一かっこいい瞬間がそこなのに、それを奥さんに見せてないなんて!
アピールがへたくそ!!」
なんだか酷い言われ様な気もする…
けど、働いているテオドール様の姿は少し見たいかも…
「それは…、僕なんかが見ても良いのかな?」
「正式に結婚した奥様なんだから、良いに決まってるわ。
それに、そろそろ遠征が近いから、今日の午後の練習は殿下も参加するのよ。
私も見たいの!シエルも行かない?」
テオドール様に迷惑がかかるかもとか、どうやって行こうとか、午後からのお勉強は?とか、考えなきゃいけないことはたくさんあったはずなのに…
そんなことは全てすっ飛ばして、僕の口からは「行きたい!」という言葉が出ていた。
その言葉を聞いて、マギーは顔を綻ばせる。
「そう来なくっちゃ!
丁度、ここに来た時の馬車を待たせているの。
ほら、行きましょ」
彼女がぐいぐい僕の腕を引き、あっという間に馬車に乗せられた。
セバスさんに引き留められるかと思ったけれど
マギーが「お兄様のかっこいいところ、見せてあげるの!」と
説明すると、喜んで送り出して下さった。
馬車の中で、マギーに「シエルはお兄様のどこが好き?」と聞かれて、僕は「あっ…えっ…」と狼狽えた。
そんな僕を見て、彼女は「あ!ごめん!お兄様から求婚したもの、シエルはまだ好きじゃないわよね」と困ったように笑った。
テオドール様の身内なのに、ちゃんとどこが好きって即答できるようにしておかなかったことを悔やんだ。
「マギーは、殿下のこと好き?」
と僕が聞くと、彼女は目を輝かせて惚気を聞かせてくれた。
マギーの場合は、彼女の一目惚れで猛アタックしたらしい。
こんなに美しくて聡明な女性にアタックされたら、誰だって落ちちゃうよね。
マギーが眩しくて、僕は目を細めて話を聞いた。
フランツ邸から王宮はそれほど遠くはないようで、マギーもまだ話し足りないという様子なのに、着いてしまった。
馬車のドアを従者が開け、僕は「ついに…、テオドール様の職場に乗り込んでしまった…」と急に緊張してきた。
マギーは慣れているのか、さっと馬車を降りると、僕の手を引いて歩き出した。
そもそも、王宮に行くこと自体、子爵家は稀で、僕が来たのはきっとうんと小さい頃だ。
彼女は正門を通り、脇道に逸れてスイスイと歩いていく。
僕は立派な王宮と珍しい景色にキョロキョロしながら、手を引かれるままについて行った。
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