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23 新しい姓を名乗る

「お待たせしました。 私、第3騎士団の指揮官のマルコスと申します」 先ほどの騎士よりも少し年上の、落ち着いた様子の男性が僕の元へ来た。 「あ、お手を煩わせて申し訳ございません。 僕はシエル・…フランツです」 今度は間違えずに新しい姓を名乗れた。 ほっとしている僕に、彼は驚いた顔をした。 「フランツって…、貴方が騎士団長の奥様ですか?」 「あ、えっと、はい。 形式上はそうなりますね」 まだ、胸を張って言えるような自信はない。 こうやって言い張るのも、テオドール様に迷惑がかかってしまうのでは…? そもそも、男Ωが嫁だなんて、テオドール様は言いたくないかもしれないよな… 僕はどんどん指先が冷えていくのを感じた。 冷や汗をかいていると、マルコスは 「うわぁ!どんな方だろうってみんな噂してたんですよ!同じ男とは思えないくらいお綺麗です。 さ、早く団長を見に行きましょう! きっと喜ばれます!」 と明るい声で言って、僕を「こちらへ!」と案内した。 客席のような、少し高くなっている場所へ連れてこられた。 確かにここなら、背が高い男たちに囲まれてもテオドール様がよく見える。 屈強な体躯で剣を振り、相手を追い詰める姿は、いつまでも見ていられるくらいかっこいい。 僕だって、Ωだと診断される前は、騎士団に憧れていた。 とはいえ、そんなにお金もない子爵家だから、僕なんかは下っ端の下っ端だろうけど。 騎士団にΩはいない。 長い遠征や泊まりがけの錬成を、αだらけの騎士団で、するわけにはいかないからだ。 これだけαがいれば、どれだけ薬を飲んだり、ヒート時期を管理していても、突発にヒートが起こる可能性があるからだ。 騎士たちはみな、名のある名家の出身で、それぞれご令嬢との将来があるから、男のΩと事故で番ってしまったら最悪だもん。 だから、僕にとっての騎士団は苦い憧れというか…、純粋にかっこいいと眺めるには少し複雑な気持ちになる。 でも、テオドール様は僕とは次元が違いすぎて、嫉妬すらしないけどね。 じっとテオドール様を見ていると、マルコスさんが椅子を持ってきて、「よろしければ」と勧めてくれた。 「あ、ありがとうございます」 と、お言葉に甘えて座らせてもらおうとしたら、立ちっぱなしがきいたのか、ふらついてしまった。 「おっと!危ない!」 と、咄嗟にマルコスさんが支えてくれる。 「も、申し訳ございません。ありがとうございます」 と、僕がお礼を言ってマルコスさんを見上げる。 「ひゅっ…」と彼が息を呑むのが聞こえた。 僕が不思議に思って見上げていると、「何をしている!」と聞き慣れた声が聞こえた。 僕がそちらを振り返ると、怖い顔をしたテオドール様がこちらに歩いてくるところだった。 「あ!テオドール様!」 僕は、マルコスさんから離れて、テオドール様に体を向ける。 ズンズンと歩いて来た彼は、僕の手をいきなり強い力で引いた。 「うわっ!?」 肩が抜けそうなくらい、強い力で、僕はテオドール様の方に倒れ込む。

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