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27 俺にとっての初対面(テオドール視点)
シエルとマーガレットが騎士団に乗り込んだ翌日の話。
王宮の執務室で、書類仕事をしていると、ドアがノックされ、
マーガレットがそろりと部屋に入ってきた。
マーガレットは20歳を迎えてからはずっと王宮にいるが、こんな風に俺の執務室に来るのは数える程度しかない。
「お兄様、どうかシエルのことは怒らないでくださいませ」
いつもは傍若無人な振る舞いをするマーガレットが、珍しくしおらしく言った。
「怒ってなどいない」
そう言うと、彼女はホッと息を吐いた。
「お兄様のかっこいいところを見せてあげたかったんです。
シエルも見たいと言っていました。
それって、悪くないことですもの」
「そうか…」
シエルが少しでも俺に興味を持ってくれたなら嬉しい。
「でも、結婚のことを黙っていたのはまだ怒っていますから。
しかも、私に紹介しないなんて酷いです」
「悪かったとは思っている」
だが…、俺だってシエルがうちに来たときは夢かと思ったし、「白い結婚にしたい」などと言われて混乱していたのだ。
シエルに求婚したつもりが、母が勘違いしてその妹に申し込みをしたと聞いた時は、会う前にセバスにでも追い返してもらおうとしていたのに…
回想 ‣ ‣ ‣ ‣ ‣
「お母様の次は、お父様だなんて可哀想ね…」
「騎士団はどうするおつもりなのかしら」
「騎士団なんていいわよ。問題は誰が侯爵家を継ぐかよ」
「まさか、継母になんて爵位を継承しないわよね?」
「でも、ご子息はまだ10歳でしょう?」
父が納められた漆喰の棺。
噎せ返るような白い大輪の花々の匂い。
母の死から6年後、ようやく生活が安定したかと思った矢先の騎士団長をしていた父の殉死。
悲しみに暮れる暇もなく、葬儀だなんだと連れまわされ、挙句、顔も知らない大人たちがヒソヒソと我が家の噂話をしている。
俺はそれに耐えきれなくなり、葬儀会場を後にした。
中庭には誰もおらず、俺は木の下に座り来んで膝に顔を埋めた。
父が還暦を迎えたら、俺に爵位と騎士団長の座を譲ろう。ただし、それまでに見合う実力をつけること。と、そんな約束をしていた。
俺が頑張れば、当たり前にそんな明るい未来が来ると信じ切っていた。
10歳でその夢は打ち砕かれることになるなんて…
騎士団に入ることも、爵位を継承することも、どれもこれもどうでもいいことだと、絶望していた。
「お腹が痛いの?」
幼い声が聞こえて、俺は顔を上げる。
「妹がお腹を壊した時と同じ顔してる」
心配そうに俺を見下ろす双眼。
5歳くらいの男の子が喪服を着て、俺の顔を覗き込んでいた。
「腹なんか痛くない」
「じゃあ、どこが痛くて泣いてるの?」
どこも痛くなんかない。
むしろ、どこの感覚も鈍い。
見ず知らずの子供に、気づけば気持ちを吐露していた。
「お父様と騎士団長になる約束をしていたのに
頑張る理由がなくなってしまったんだ…」
そう言うと、彼は驚いた顔をした。
「僕も騎士団に入るんだ!きっとαだから!
そしたらさ、僕も騎士団長を目指すよ!」
「君が?」
彼の体を上から下まで見る。
子供だけれど、それにしたって線が細い。
こんな子が父と同じ騎士団長に?
「大きくて強かったのに、騎士団長は死んだ。
君には難しいんじゃないかな?」
俺がそう言うと、彼はムッとして
「なれるもん!!
僕が騎士団長になってやるんだから!
そんなこと言ったの取り消させるもん!」
と言った。
騎士団長が殉死してもなお、その座を目指す志に、俺は心を打たれた。
小さいからよく分かっていないのだろうけれど、俺を奮い立たせるには十分だった。
「君の名前を覚えておきたい。
俺はテオドールだ。君は?」
「シエル・クラーク!忘れるなよ、テオ!」
言うだけ言って、その小さな騎士は走り去っていった。
それからの俺は、父との約束を守るべく、奔走した。
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