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28 惚れるには十分(テオドール視点)
翌年、騎士学校にシエルが入ったことを確認し
早朝や授業後に、たった一人で自主練をしている姿も見ていた。
だが、何年たっても彼の体躯は細く華奢で、なかなか騎士としては芽が出ないようだった。
それから数年経って彼は学校から消えた。
指導官に確認したら「第二性がΩだったから退学した」とのことで、俺は再び頑張る理由を失い、悲しみに暮れた。
そろそろ嫁を娶ってはどうかと、母や上司からせっつかれ始めたところで、大規模な夜会で彼に再開した。
爵位の違いで、遠巻きにしか見られなかったが。
その時には、勇敢な小さい騎士のシエルではなく、美しく可憐なΩのシエルに置き換わってしまったけれど。
同じ騎士団の仲間としてではなく、夫人として俺を支えてほしいと思った。
結婚するならば彼が良いと、そう周りにも打ち明けた。
母が勘違いして、その妹に手紙を出したと聞いた時は、自分で先手を取らなかったことを悔いたけれど、結果としてシエルが来てくれて本当に良かった。
シエルの方は俺の事を忘れてしまっていて、あの頃の生意気で志の高い性格ではなくなっていたけれど、努力家で一生懸命なところは変わっていない。
澄んだまっすぐな翡翠の目も。
彼は俺と結婚なんてしたくなかっただろうが…
‣ ‣ ‣ ‣ ‣
「本当にあのシエルが、お兄様を奮い立たせた生意気なクソガキですの?」
「マーガレット」
「あら、失礼」
マーガレットは俺や騎士仲間の男たちとつるんでいたからか、少々口が悪くなったりする。
王妃になるんだからと、度々注意してなんとか矯正してきたが、たまに出る。
「確かにシエルは見目麗しくて殿方であることを忘れそうになりますし、外見はお兄様に遜色ないですけど。
騎士団長の奥様をできるような強かさを感じません。
その点では妹のシェリルの方が強そうです」
「確かにシエルの妹は何というか…
しかし、シエルは芯がある。
根底にある部分は変わっていない」
俺がそう言うと
「お兄様がそこまで言うなら信じます。
私もシエルの事は好きですし。
でも…、優しく接してくださいませ」
と、殊勝なマーガレットが珍しく眉を下げた。
「分かっている。守るし、逃がさない」
「それが怖いと言っているのです…」
彼女はそう言いつつも満足した様で部屋を後にした。
マーガレットがシエルを気に入ってくれたようでホッとした。
いささか、仲が良すぎる気もするが…
ふと、騎士学校の頃の血まみれでボロボロのシエルの手を思い出す。
無茶をする子だったから、体もあざや生傷だらけだった。
ストイックで夢に一直線なところは彼の魅力だけれど、伴侶となった今、
彼の手が長い年月をかけて白いスベスベの滑らかな手に戻ったことが嬉しかった。
シエルには無茶をせず、安全な場所で俺の帰りを待ち、家庭を守ってほしいと、今はそう思っている。
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