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30 振り払った手

いつもよりも重いヒートを耐え、4日目だっただろうか。 僕はなるべく布団を汚したくなくて、手巾に吐き出し、疲れたらベッドで眠るようにしていた。 騒がしい足音で意識が浮上する。 ああ…、眠っていれば欲が収まるから、もう少し眠っていたかったなと思いながら、少しずつ高まってくる熱に耐えていると、自室の扉が開かれた。 驚いて入り口に目をやると、テオドール様と目が合った。 「すごい匂いだ」 と言いながらこちらに近づいてくる。 「なんで…」 遠征は早く見積もっても7日はかかると聞いていた。 ヒートで意識が朦朧としていたとはいえ、7日は経っていないはずだ。 「なぜだと? ヒート中の妻を心配して戻ることは当たり前だろう」 「僕…、また…」 また、テオドール様の邪魔をしてしまったのか。 実家にいた時も、僕は何にもできないお邪魔虫だと思っていたけれど、嫁ぎ先でも迷惑をかけてしまうだなんて…、消えてしまいたいと思った。 テオドール様が騎士団長として頑張っているところを呼び戻して、僕は布団の中で発情しているだけ。 「全く食事をしていないと聞いた。 体が辛いのか?」 そう言ってテオドール様が僕の頭に触れた。 その瞬間、熱が一気に上がり、僕のソコは完全に立ち上がった。 彼は心配して僕に触れてくれたのに…、なんて浅ましいんだ。 僕は悲しくなって、その手を振り払った。 本当は握りしめて離したくないほど、欲しかったのに。 「も、申し訳ございません。 でも、早くここを離れないとダメです!!」 僕のフェロモンに充てられて、テオドール様が抱きたくもない相手を抱かなくてはいけなくなる。 ヒートから数日経っていて、僕が寝起きだからまだ何ともないかもしれないけれど、ずっと同じ空間にいたらまずい。 「…、そんなに俺が触れるのが嫌か?」 テオドール様が怒気の含んだ低い声で言う。 それよりも、すぐ横にαがいるという状況が良くない。 どんどん熱が上がっていく。 今すぐにでも部屋を出てくれないと、「抱いてくれ」と迫ってしまいそうで怖い。 普段、ヒートから3~4日すれば少しは収まる物なのに… 「ダメです…、早く出て行ってください。 同じ部屋にいちゃダメです」 「…分かった」 テオドール様はそう言い捨てると、望みどおりに部屋を後にした。 その去っていく背中をじっと眺める。 振り返って、戻ってきて、今すぐにでもこの熱を逃してほしい。 その大きな手で触れて、あわよくば項を噛んでほしい… 自分でも浅ましい羨望の籠った目をしているのが分かる。 けれど、そんな僕を一瞥もせず、テオドール様はドアの向こうに消えた。 一人残された部屋で、僕は「テオ様」と何度も呟きながら、己を慰めることに耽った。 この屋敷内にテオドール様がいる、というだけで、熱は全然引かず、寝食を忘れたように耽りながら、ヒートを過ごした。

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