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38 切り出す

「お料理はとても美味しいです。 僕が今まで食べていたものとは比べ物にならないくらいです」 「それならば、なにか…、食が細くなるほどの悩みや心配事があるのか?」 …、それは…… 僕はなんと答えていいか分からずに、自分の手を見つめた。 テオドール様は僕が口を開くのを待っているのか、じっと僕を見つめる。 ふいに、テオドール様の香りに混ざって、別のΩの香りがした。 …、相当近くにいなきゃ匂いなんてうつらないよね? だれか良い人でも見たかったのだろうか。 そう思った瞬間、ぎゅっと何かを掴まれたような痛みが走った。 「シエル?なにか…」 「離婚しましょう!」 僕は彼が何か言う前に言い出した。 きっとホッとするだろう。 そう思ったのに… 「…、何を言っている」 とてつもなく怒気を孕んだ低い声が隣から聞こえた。 「…え?」 「離婚する?俺とシエルがか?」  それ以外に誰がいると言うのか。 僕は訳が分からずに彼を見上げた。 「そんなことは絶対に許さない」 「ど、どうして… あ!僕から離婚を切り出したとなったら良くないですよね! 不貞でも不能でも、とにかく僕のせいにしてい…」 「不貞?誰だ。 シエルをたらし込んだ馬の骨はどこのどいつだ」 ええ!?なんか盛大に勘違いされてる!? テオドール様がいながら、ほかの殿方に目移りする人なんているだろうか。 「僕は不貞なんかしてません! けど、理由はどうあれ僕のせいにしていいので、離婚しましょう。 その方が、テオドール様も…」 「絶対に許さない。 …、こんなことになるなら無理にでも番にするべきだったか?」 テオドール様が盛大に舌打ちしている。 こんなに粗野な姿は初めて見る。 って…、番!? 番にするって僕を? 「2回目のヒートが来ないんです。 僕は本当に不能かもしれません。 そんなΩ、やっぱり捨てちゃった方がいいんじゃないですかね」 「ヒートが?」 「はい。ヒートが来なければ、番にもなれませんし、子供もできません。 つまり、僕は嫁としての仕事は…」 僕が自嘲しながら言うと、強い力で肩を掴まれた。 「医者を呼ぼう。何か…、何かあったのかもしれない」 テオドール様が真剣な顔で僕を見ている。 ただのストレスとか栄養不足とかだろうに、大袈裟だ。 「平気です。マギーにも言われました。 さすが兄妹ですね」 空気を和ませようとして笑って見たが、彼の表情は曇ったままだ。 「ダメだ。肩もこんなに薄くなって… このままではシエルが死んでしまうかもしれない」 「ですから、大袈裟ですって!」 今だに肩に食い込むテオドール様の手から逃れようと身を捩るが、今度は抱き込まれた。 テオドール様の香り…、と、うっすら香る他のΩの香り。 また胃がムカムカした。 「離れないでくれ… 俺はシエルがいないと…」 そこで彼の声が途切れる。 僕がいないと…? 緊張して続きを待つが、待てど暮らせど続きは聞こえない。 顔を確認しようとすると、彼が寝ていることに気がついた。 なんてタイミングで寝落ちしてるんだ! でも、昨日も一昨日も僕が起きてる時間に彼は帰ってこなかった。 万年寝不足のところにたくさんお酒を飲んだから寝落ちしてしまったのかな。 起こすのも悪いし、朝になったら話の続きをしようかな。 僕は大男を動かすのを諦めて、彼の腕ごと後ろに倒れ込む。 ふわふわのソファだから一晩くらいなら眠れそうだ。 僕は彼の体温を感じながら、気づけば一緒に眠ってしまっていた。

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