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39 朝

ぬくもりと頭を撫でられる感触に、眠りに抗いながら薄目を開ける。 「起きたか?」 目の前に、こちらを見つめるテオドール様がいた。 目の下にまだクマがある… もう少し眠れば良いのに。 「起きてません」 そう言って僕は目の前の温もりに抱きつく。 やっぱり彼の香りは安心する… そこに不意にノイズを感じた。 別のΩの匂い… それで僕は、彼の胸に手をついて体を遠ざける。 「どうした?起きたか?」 テオドール様は面白そうに言った。 全然面白くないのに。 「嫌な匂いがします」 「えっ…?」 テオドール様が傷ついた顔をして、自分の匂いを確認している。 「シエルは俺の匂いが嫌いだったか?」 「違います…」 「じゃあ、一体…」 「…」 彼が不安そうな顔で僕を見ている。 良いΩを見つけたなら、さっさと僕なんかの機嫌を取らないで捨てれば良いのに。 僕が目を逸らそうとすると、顔を両手で挟まれて 無理やり目を合わせられた。 「何が気に入らない?教えてくれないか?」 被害者みたいな可哀想な顔をしている。 可哀想なのは僕のはずなのに。 「…、他のΩの匂いがついたまま、僕のところに来ないでほしいです。 他に本命を作って良いって言いましたけど、僕の分かるところでしないでください…、すみません」 「待ってくれ。他のΩなんて知らない。 シエル以外に本命なんかいるわけないだろう」 「じゃあ…」 じゃあ、なんで? 僕はそう問い詰めたかったけれど、よく考えたらそんなこと言う資格がない。 ぐっと唇を噛んで、目にせり上がってくる熱を堪えた。泣いちゃダメだ。 「俺に他のΩがいたら嫌だろう?」 その問いに、なんとか首を横に振る。 でも、「いてもいい」と、言葉では言えなかった。 嘘でもそう言わなきゃいけないのに。 「…、そうか。 俺はシエルが俺以外と番うなんて絶対に嫌だ」 僕は驚いて彼の顔を見る。 だけれど、目に幕のように張った涙のせいで、彼の顔はよく見えなかった。 「…どうして?」 掠れた声が出た。 「どうして、だと? そんなの、シエルが好きだからに決まっている。 いや、好きなんてもんじゃない、愛している。 シエルがなんと言おうと離婚はしない」 思いもしない言葉に僕は息を呑んだ。 耐えていた涙が、ぽろっと溢れた。 「…、泣くほど嫌か?」 そっとテオドール様が僕の涙を拭う。 「ちがっ!!違います!!」 僕が大きい声を出したせいで、彼は目を見開いて僕を見ている。 「僕も…、会った時からずっと、テオドール様をお慕いしておりました」 僕が意を決して言うと、テオドール様は少し固まった後にふっと笑って僕の頭を撫でてくれた。 また、この感触をいつでも味わうことができるのだろうか。 「俺も会った時からずっとだ。 シエルよりもずっとずっと前から」 「?」 ずっとずっと前? 僕はよく分からず首を傾げる。 「いつか話そう」 彼はふっと笑って、僕の体に腕を回し引き寄せようとした…、が、不意に体を離した。 来ると思って期待した抱擁が来ず、僕は寂しさを覚えた。 「すまない。Ωの匂いがするんだったな。 湯汲みをしてくる」 僕への配慮のためか。 っていうか、その匂いの真相を聞いていない。 それが顔に出ていたのか、テオドール様は困り笑いをすると 「浮気なんて誓ってしていないからな。 湯汲みをしたら話す」 と僕の頭を撫でて立ち上がった。 「1人だとソファは寒いだろう」と、彼は僕を自室まで運ぶと、「急いで湯汲みをしてくるからここで待っていろ」と浴室に向かった。 離婚は免れたみたいです。

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