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44 不安(テオドール視点)

今までの残業が嘘のように、毎日定時で帰っている。 殿下もマーガレットも、俺の残業に付き合わされていた部下たちもとても喜んでいる。 俺自身も、シエルと過ごす時間が出来たことは嬉しいことこの上ない。 最近は顔色も良いし、骨が浮き出るほど細かった体も丸みを帯びてきたようで安心した。 が、今日は出迎えてくれたシエルの表情が暗い気がした。 また何かあったのだろうか…? ダイニングに入る前に香ったソープの匂いで、シエルが先に湯浴びをしたことに気づいた。 普段は、「テオドール様より先に湯汲みをするわけには」と言っているから珍しい。 別にシエルがどう過ごそうが俺は気にしなんだが。 「湯浴びをしたのか」 思わず声が出てしまった。 案の定、シエルは申し訳なさそうに謝った。 「も、申し訳ございません。 寝汗を掻いてしまったので、不快にしてしまうかなと思ってお先に使いました」 「いや、それは構わない。 …、寝汗?」 「あっ…、体調が悪くて、今日はお勉強休んでしまいました。 せっかく学ぶ機会を頂いているのに…」 「勉強なんてどうでもいい。 体調が悪いのか?」 だから表情が暗かったんだろうか。 シエルが体調不良だと聞くと、少々肝が冷える。 また、食事も喉を通らなくなってしまったら…、そうなるくらいなら、シエルの辛いことや嫌なことをすべて自分が背負えればいいのに。 「い、いえ! 全然、元気です」 そう言うが、シエルの表情はやはり暗い。 セバスから報告があった通り、会計や資産管理などの勉強に苦戦しているのだろうか? だが、それもセバスの話では今までの呑み込みの速度が異常に早かっただけで、やっと常人並みのスピードになったようなものだと聞いていた。 シエルの事だから、俺が残業している時に、深夜まで自分なりに勉強していたから異常な速度で学習したのだろう。 今は、夜の時間を勉強に当てられないだろう。 だが、俺にとっては勉強などしなくていいし、仕事の手助けもしなくていい。 家にいてくれるだけで癒されるのだが。 「なにか気になることでもあるのか? なんでも言ってほしい。 どんなことでも、シエルの事は知りたいんだ」 俺がそう言うと、シエルは瞳を揺らした。 そして少し考えた後、「これを…」と封書を差し出した。 こないだの真っ白な手紙と違い、装飾のある薄桃色の封筒だ。 「シエルが書いたのか?」 思わず弾んだ声が出てしまう。 浮かれるなんて恥ずかしいが、嬉しいのだから仕方がない。 「いえ!…、僕からではありません」 「そうか…」 封筒を受け取り、宛名を見る。 知らないご令嬢からの手紙のようだ。 「誰だ?…、なぜ、シエルが持っているんだ」 シエルとこのご令嬢の関係性を疑ってしまう。 「あ、えっと、先日の夜会で助けていただいたと。 今日、中庭を眺めていたら、正門に誰もいなかったからと、回り込んでいらっしゃったのです」 「夜会の…、ああ、彼女か。 ここに来れるほど元気になったようで良かった」 ぼんやりととある令嬢の姿が思い出される。 そんなことよりも、中庭で休むシエルの姿を想像し、自然と戯れるシエルも可愛いだろうと思っていた。 「…、すごく可憐な方でした。 お返事待っているそうです」 「そんなことよりシエル、 次の土日は休みだから、中庭でピクニックでもしよう」 「…え?」 シエルが目を点にして驚いている。 嫌だっただろうか? 「いや、嫌ならいいんだ。 庭の白い花が…、とてもシエルに似合いそうだったから」 「ぼ、僕にはもったいないお花です! で、でも、僕もテオドール様とピクニックしたいです」 ようやくシエルが笑顔になり、ほっとする。 それに、休日にシエルと過ごす予定もできた。 しかし…、先ほどの話のどこにシエルを悲しませるポイントがあったのか俺には分からなかった。

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