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46 約束のヒート

朝、目が覚めると身体が怠く、微熱があった。 ヒートだ… 僕は直ぐに思い至り、セバスさんに伝えた。 「なんと!すぐに旦那様に連絡しなくては!」 慌てて駆け出しそうになるセバスさんを引き止める。 「あ、あの…、帰宅されてからでも間に合います!だから、直ぐに呼ばなくても…」 そう伝えたが、「しかし、次は早く連絡するように仰せつかっておりますゆえ」と、却下されてしまった。 フランツ邸の早馬が出発したようだった。 久々のヒートだったから、心の準備をしたかったのにっ!! とにかく、テオドール様が戻られるまで、心を落ち着けなきゃ。 でも…、僕が不能になったわけじゃなくてホッとした。 本当に今回、番になるんだろうか? 正直、まだ迷いがある。 僕には勿体無いくらいの彼が、僕なんかと番になってしまっていいんだろうか? 思いを寄せている女性のΩがいるのに? 家柄だって、きっと彼女のほうが僕よりは上だろう。 僕がどうなっても構わない。 でも、僕なんかを優しく受け止めてくれたテオドール様には幸せになってほしい… 今まで経験したヒートの中でも、今回はかなり症状がひどい気がする。 身体が熱い。 αの…、いや、テオドール様の香りが欲しくて仕方がない。 でも、すぐに帰ってきてくれるはずだから、我慢しなくちゃ。 日が高く昇っても、日が沈みかけても、テオドール様は帰られなかった。 朦朧とする意識の中、飲み物や食べやすい食事を運んできてくれたセバスさんが、ひたすら謝っていた。 「急な来客でなかなか帰れないのだ」と。 仕方がない。 テオドール様は元来、忙しい人なんだ。 僕よりも仕事を優先したって文句は言えない。 「シエル!!遅くなってすまない!!」 テオドール様の声が聞こえ、ずっと欲しかった香りが漂った。 その瞬間、僕の熱もいっそう昂る。 早く、僕をいっぱいにしてほしい。 「あ…、テオ様!」 僕は起き上がって、彼に手を伸ばす。 「ああ…、すごい匂いだ。 俺を欲してくれているんだな」 彼に抱きしめられると、心が満たされていく。 でも、まだ足りない。もっと…、僕の中まで埋め尽くして欲しい… ふいに、嫌な匂いが鼻についた。 Ωの…、あの女性の匂い… 今日の来客ってあの人? 僕のヒートよりも優先すべき事項だった? いつもはそれでしょげるのに、ヒートの僕はちょっとおかしくなっているみたい。 取られたくない。 その一心で、僕はテオドール様の首筋に齧り付いた。 テオドール様にも僕の噛み跡がつけられればいいのに。 「し、シエル!?」 驚いた彼が僕を引き剥がそうとするが、負けじとしがみついて歯を立てる。 が、強靭な彼の首には噛み跡どころか歯形もついていない。 αの屈強な体にムカついた。 「シエル、気持ちは嬉しいが、それは俺の仕事だ」 テオドール様が笑って僕の頭を撫でる。 僕はしぶしぶ手の力を緩めた。 すかさず、体を離され、顔を覗き込まれた。 「ヒートの時のシエルはより一層、俺を堪らなくさせるな。 今直ぐにでも、手纏めにして俺のものだと彫:(きざ)みたいな」 テオドール様は恍惚とした表情をしている。 ずるい、僕だってそうしたいのに。 「どうして不貞腐れてるんだ? やはり、俺と番になるのは嫌か?」 僕は首を横に振る。 じゃあ、なぜ?と彼の目が訴えている。 「僕だって…、テオ様が僕のものだって印つけたいのに」 それでそう言うと、彼は手で顔を覆って悶絶していた。 僕はよくわからなくて、その顔を眺める。 少しして、ため息をついた彼が僕を押し倒した。 「初めては優しくしようと思っていたんだが…、シエルが可愛すぎるのが悪い」 そう言うと、性急に唇を奪われた。

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