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50 ルノワール伯爵令嬢の正体
来たるお茶会当日、僕は緊張で震えながら馬車に揺られていた。
マナーはそれほど難しくはないけれど、一体どんな目で見られるのか不安で仕方がなかった。
セバスさんも馬車には同乗するけれど、会自体は、付き人同伴は避けた方が良いらしいので、僕一人になる。
それほど長くはない道のりを経て、目的地へ着いた。
手土産は、マギーとテオ様が相談して決めた焼き菓子だ。
今日のお茶会にはマギーも参加するらしい。
もしも孤立したら頼るように言われている。
心強い。
門をくぐると、すぐに伯爵邸の使用人に案内される。
花々があふれる、素敵な中庭が会場だった。
1人のご令嬢が僕に挨拶をする。
「本日はようこそお越しくださいました。
私、マリア・ルノワールと申しま…」
そう言いながら顔を上げた彼女と目が合い、お互いに息をのんだ。
ルノワール伯爵令嬢って…、テオ様が助けたあのΩの人だったんだ!?
「え、あの、貴方はフランツ侯爵家の使用人では?」
そう問われて、僕は自分があの時に使用人を否定しなかったことを思い出した。
まずい…
「申し訳ございません!
僕は侯爵家夫人なんです」
そう言った途端、驚いた顔をしていた彼女の顔がみるみる赤くなった。
「ひどいですわ!私を馬鹿にしていたんですか!?」
「え?」
「私が、侯爵様に思いを寄せて手紙を書いたり、アピールしているのを見て笑っていたんですね」
彼女のあまりの剣幕に、僕は上手く否定が出来ない。
「ち、ちがっ…」
「こんな性根の腐った人が、心優しいフランツ侯爵様の奥様だなんて信じられません。
そもそも、貴方のご実家はどこですの?」
「クラーク子爵家です…」
「聞いたこともございませんわ。
しかも、子爵家。
侯爵様の肩書が欲しかっただけじゃないの?」
マリアさんは僕を睨み上げる。
華奢な肩は怒りで可哀想なくらいに震えていた。
僕はどうしていいか分からず、周りに目を向ける。
先に来ていたご令嬢たちが、ひそひそと囁きあいながらこちらを見ていた。
やばい…、とんでもなく悪い方向で目立っている。
「マ、マリア様、僕はそんなっ…」
ふと、僕とマリアさんの間に影が差し込んだ。
「マリア、少し落ち着いて」
優し気な男性の声が聞こえる。
僕とマリアさんの間に、男性が僕に背を向ける形で立っていた。
「お兄様!でも!!」
「事情はよく分からないけれど、他のプリンセス達が困惑しているからね。
とにかく、皆に挨拶をしておいで」
そう言って彼は、彼女の背中を押す。
「私、許しませんから」と、捨て台詞を吐いて、彼女は今いらしたご令嬢のもとへと向かう。
た、助かった…、のかな?
でも、こんな空気の中、僕はお茶会に参加していいんだろうか。
そう僕が悩んでいると、影が振り返った。
「私の妹がすまないことをしたね」
申し訳なさそうに謝る、マリアさんのお兄様。
か、顔が良い…
きっと、妹のシェリルが憧れる王子さまとは、こういう感じの優しげな美青年なのだろう。
「いえ…、もとは僕が蒔いた種なので。
失礼します」
僕が頭を下げると、「ちょっと待って」と腕を取られた。
「見ない顔だね?男性でお茶会に招かれたということは、君はΩとか、誰かのご夫人なのかな?」
そう問われて、僕は自己紹介するか悩んだ。
名乗ることで、テオ様にご迷惑をかけるかもしれない…
「えっと…、フランツ侯爵夫人のシエルです。
お招きいただいたのに、お騒がせしてしまって…」
「ああ、君が…
そりゃマリアが癇癪を起すわけだ。
なんてったって、恋敵なんだからね」
彼はそう言って笑った後、僕の背中に手を添えた。
「ここにいるのも苦痛だろうから、客間に案内しよう。
招待した手前、勝手に帰すわけにもいかないから」
「え、ええっと…、はい」
そういうものなのだろうか?
ただ、中庭にいづらかったのは事実なので、僕は促されるまま彼に着いていった。
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