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54 再開
「シエル君…、そろそろご飯食べないと死んじゃうよ?」
ここにきて、何日が経っただろうか。
何をする気力も湧かず、ひたすら天井を眺める昼とロイゼに構われる夜を過ごした。
いつもの日中は研究室に籠りっきりのロイゼが目の前にいる。
「はい、あーん」
そう言ってスプーンを口元に差し出すが、それを口に入れる気にはならない。
テオ様のものじゃなくなるなら…、死んだって良い。
「強情だなぁ…」
と、ロイゼがため息を吐く。
「あ、そういえば、そろそろ番解消薬が出来そうなんだ!
ただ、あの薬はΩがヒートの時に、首筋に注射することで成り立つんだ。
シエル君のヒートが来るまでになんとか仕上げたいなぁ」
次のヒート…
それっていつだ?
テオ様と番になったあの時が最後のヒートだ。
あと1週間もないのかもしれない。
どうか…、またヒートが止まりますように。
今の状態だと、もしヒートがきたら、確実にロイゼに慰めてもらうことになる。
そうなるなら、ヒートなんか来なくて良い。
そんな気持ちも、食事が喉を通らないのを助長しているのかもしれない。
極度の栄養失調になれば、またΩの機能が停止するかも、と。
その時、ドアがノックされ、白衣を着た若い人が入ってきた。
「ここは極力立ち寄るなと言っているだろう」と、ロイゼは少し苛立った声を出した。
ああ、だからこの部屋は、ロイゼ以外が来ないのかと納得した。
「申し訳ございません。
しかし、研究薬が今までと違う様子で…」
「なに!?今すぐ向かう」
そう言ってロイゼはソファにかけた白衣を着る。
「シエル君、少しでもいいから食べるんだよ」と言い残して。
僕は机に広げられた色とりどりの食事を眺めてため息を吐いた。
少しでも食べられるようにと、いろんな料理を小分けにして出してくれる。
こんなにしてくれたって、僕は口にするつもりはないのに。
僕なんかに時間やお金をかけなくていいから、今すぐに屋敷から出してほしい。
部屋の前には、見張り役がいて外に出ることは叶わないのだ。
目を閉じていると、部屋の外が騒がしくなった。
フランツ邸なら、こういう時はたいていマギーだったな。
なんて…、フランツ邸での思い出が浮かんできて、恋しくなって少し泣きそうだ。
ドタドタと複数の足音が近づいてきて、ドアが開け放たれた。
「シエル!!!」
久々に聞く声に、僕は驚いて声の方を見た。
テオドール…様…
僕は自分のが信じられなくて、思わず立ちあがった。
久々に立ったからか、足元がふらつく。
「シエル…」
そう言って、テオ様が僕を抱きしめる。
本物だ…
鼻腔を突く彼の匂いに脳が痺れる。
ずっと…、こうしたかった人だ。
僕はしがみ付くように抱きしめた。
「遅くなってすまない。
くそ、あいつの匂いがする。
早く帰って、湯浴びをしよう。そして俺の匂いをたんとつけさせてくれ」
僕は胸がいっぱいで声が出ず、必死に頷いた。
そして、彼に抱きかかえられたところで廊下にいた彼女と目が合う。
マリア・ルノワール…
彼女と一緒に来たのだろうか?
「あ…」
「どうかしたか、シエル?」
「僕…、愛人でも妾でもいいんです!
だから、番は解消しないでくださいっ!
僕の面倒なんか見なくていいので、お屋敷においてさえいただければっ」
「何を馬鹿なことを…」
彼がため息を吐く。
やっぱり、そんな我儘は聞いてもらえないだろうか。
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