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56 帰還
馬車が無事、フランツ邸につき、降りるとセバスさんが泣きながら出迎えてくれた。
「シエル様…、ご無事で本当に良かった…
私がついていながら、このようなことになってしまい、誠に申し訳ございませんでした」
と頭を下げられた。
セバスさんは全然悪くないのに…
それでそう言って頭を上げてもらった。
僕がロイゼと来客室に行った後、到着してから僕がいないことに気付いたマギーが急いでセバスさんに報告したらしい。
セバスさんも大急ぎでテオ様に知らせて、テオ様もお茶会の場に駆け付けた。
その時に、驚いたマリア様が転びかけて抱き留めたところを僕が見て勘違いしたようだ。
すぐに浴室に連れてこられた僕は、一緒に入ろうとするテオ様を何とか制止して、念入りに使用人の方に洗われた。
普段は湯浴びの際は1人で行っているが、テオ様が「今はシエルを1人にできない」と駄々をこねたので、なんとか妥協してこうなった。
使用人たちも、顔見知りの者は泣いて僕を迎え入れてくれた。
生まれて初めて他人に体を清められた。
恥ずかしいけれど、髪を洗ってもらうのはちょっと良かったな~、なんて思いながら廊下に出ると、即刻テオ様に担ぎ上げられ、寝室に運び込まれた。
ベッドの上で、安心感に浸りながらテオ様と横になる。
「でも、どうしてマギーがわざわざセバスさんに報告したのでしょう?」
僕がそう言うと、テオ様がため息を吐いた。
「俺の警戒が足りなかった。
あの男…、ロイゼが男色家だというのは有名な話だ。
別にそれ自体は構わないが、好みの男がいると強引に迫るから、夜会やパーティで少々問題になっていたんだ。
シエルを夜会に連れていけなかったのもそれが原因だ。
Ωの男に目がないらしいからな。
まさか…、番になってからも狙われるとは思わなくて、マーガレットにだけシエルの様子を見るようにお願いしていた。
もう少し、警戒するべきだったな」
僕が帰ってきてもなお、テオ様の表情は暗い。
「でも、ロイゼ様はテオ様の方が好みだとおっしゃってました。
本来、僕の見目には惹かれないようです。
あんな素晴らしい研究をしてる人がこんなにもバース性にとらわれているなんて皮肉ですよね」
でも、僕はテオ様と結婚できたのだから、Ωという性に感謝している。
「ああ、そうだな。
俺はたとえシエルがαでもβでも、必ずそばに置いていた。
そこに恋慕がなかったなら、部下として」
「それは職務乱用と言います。
でも…、テオ様と遠征に行くのは楽しそうです」
そりゃ仕事だから、過酷ではあると思うけれど、家では見せないような姿を僕も見てみたい。
まあ、僕なんかがついていったら罵詈雑言を浴びせられるかもしれないけれど。
「シエルは遠征がしたかったのか?
騎士学校の時も良く厩にいたな」
「それも見られていたのですか!?
遠征というより、騎馬隊になりたかったんです。
騎馬隊なら、体が小さくてもそれなりに活躍できるし。あとお馬さんも好きです」
「やはり、己の不利を悲観して諦めずに、前向きなシエルには頭が上がらないな。
今度、馬に乗ってどこかに行こうか」
こんな風に褒められるのは、やっぱりむずがゆくて慣れない。
けれど、自信をもって、彼の横に立つために、いつかは自分のことを認められたら良いな。
「お馬さんに乗るのは久々なので、少し練習してもいいですか?」
「ああ、構わない。
良ければ俺も立ち会おう」
そうして笑いあっていると、僕のお腹が鳴った。
ずっとちゃんとした食事をしていなかったからぺこぺこだ。
「シエルの様子を見るに、食べていないだろうと思って、胃に優しい料理をたんと作らせている。
食べに行こう」
そう言ったテオ様に連れられて、僕はフランツ邸の食事をたらふく食べた。
それからほどなくしてヒートが来た。
番と過ごすヒートは、ひたすら幸せな時間だった。
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