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58 己を享受する(テオドール視点)
一通りことが済んだけれど、このまま眠るには少々体がベタついている。
俺は湯浴びするとして、シエルは…、体を拭くか。
使用人に湯を持って来させようと立ち上がると、シエルが絡みついてくる。
「やだ」
寝ていたかと思ったから驚いたが、ヒート中は過敏だから眠れないのだろう。
「シエルの体を拭こうとしただけだ。
ベタついているだろう?
シーツや布団も変えてもらおう」
「ん…」
それでもしがみついて離れないシエルに、これはチャンスだと思い
「一緒に湯浴びするか?」
と提案する。
普段のシエルなら恥ずかしがって絶対に一緒に湯浴びなどしてくれない。
が…、今はヒート中。
シエルは少し悩んだ顔をした後、こくりと頷いた。
あぁ…、この目に焼き付けておこう。
俺はシエルを抱き上げると、浴室へ向かった。
服を脱がせる間もシエルは無抵抗だ。
Ωというとのは、華奢だとは聞いていたが、まさか皮膚まで白くて繊細なのか…
俺は少々、シエルの裸に見惚れた。
「…、テオ様も脱いで」
無意識のうちに見過ぎてしまったのだろうか、シエルがむっとして俺の服の裾をつかむ。
「ああ、そうだな」
俺も躊躇うことなく服を脱ぐ。
シエルと比べたら、仕事柄、体に生傷だの古傷だのの跡が残っていて、綺麗とは言い難い。
が…、シエルはうっとりと俺を見ている。
「ここ、痛いですか?」
いつかの錬成で、相手の模擬刀が当たった時の傷を、シエルがなぞっている。
「いや。かなり前の傷だから痛くはない」
「ふーん」
「ほら、早く湯に入ろう。体を冷やしてしまう」
俺がそう言うや否や、手を広げて抱き上げやすい格好をする。
シラフのシエルに見せてやりたいくらいだ。
全身を洗い流した後、シエルを抱えて湯船に浸かる。
シエルは脱力して俺にもたれかかっている。
「テオ様はすっごく優しい」
ぽつりとシエルが呟く。
そんなふうに言われたことはない。
鬼だの怖いだの、そう言う言葉をよくかけられる。
「そんなふうに言うのはシエルだけだ。
シエルにだけ優しいのかもしれないな」
「こんなふうに僕を大切にしてくれるのはテオ様だけなんです」
「そうか?
…、大切に決まっているだろう。
たった1人の愛する番なのだから」
俺がそう言うと、シエルがぐしぐしと鼻を啜っている。
「泣いたのか?どこか辛いか?」
心配になってそう声をかける。
もしかしたら、後ろが切れていて、湯が染みるのかもしれない。
シエルは目を擦りながら首を横に振る。
その手をそっと止めながら、俺はシエルの言葉を待った。
「男のΩなんて…、僕なんて価値がないと思っていました。
こんなに良くしてもらうのは、ダメだって。
でも、テオ様が大切にしてくれるから、僕も僕を大切にしようって思えたんです。
それが、嬉しくて」
これまで、性別や家柄で色々と苦労をしてきたのだろう。
あの生意気な子供が、こんなふうに謙虚な我慢強い子になるくらいには。
もっと早く、シエルを見つけてあげられればと、少し後悔はするものの、
シエル自身が己を享受しようとしているのなら、報われる思いだ。
シエルがシエルを好きになったら、きっと俺の想いを疑うこともなくなるだろう。
もっと自分を好きになれという想いを込めて、無防備なつむじに唇を落とす。
それから、うなじや肩にも。
シエルはくすぐったいのか、背中を震わせた。
そして振り返ると「お風呂出たい。ベッドでもっと続きしたい」と潤んだ目で訴える。
全く‥、シエルには振り回されるな。
「覚悟しろ」と俺は言って、シエルを抱き上げた。
そこからヒートが開けるまで求め合ったのは言うまでもない。
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